舌が癒え、指を治しきる頃に式神が現れた。
『自然薯をほる。てつなえ』と。
示された場所に陰陽師がまっていた。
「よう・・辛抱してくれた」
陰陽師が悪童丸にかけた最初の言葉だった。
「おまえは?」
何を考え、われらをどうしようとしている?
「あしきにせぬというたであろう」
ちらりと自然薯の葉をみつめる。
「なくなる陽根のかわりがいるのでな」
つまり・・。
「かえしてくれるというか?」
「勢姫もな」
「え?」
「おまえのものじゃろう?」
本意だというてくれるのか。
二人の恋をまがいものではないというてくれるのか?
「はよう、てつなえ。おまえはまだやらねばならぬことがある」
澄明は自然薯の蔓を手繰って、土を掘り起こし始めた。
「おん・まからぎゃ・ばぞろうしゅにしゃ・ばざとらさとば・じゃく・うん・ばく」
澄明の口をついたのは愛染明王の真言である。
「これを百万遍はとなえなさい」
「なんだという?」
悪童丸の手も休まず土を起こしている。
「おん・まからぎゃ・ばぞろうしゅにしゃ・ばざとらさとば・じゃく・うん・ばく」
「おん・まからぎゃ・ぼそろうしゅにしゃ・・ば・・さ・・と・・」
「ばさとらば・じゃく・・うん・ばく。愛染明王の真言です」
「ばさとらば・じゃく・うん・ばく」
「そう。もういちど」
「おん・まからぎゃ・ばぞろうしゅにしゃ・ばざとらさとば・じゃく・うん・ばく」
「思うた通り、頭もよい」
一度二度言うただけで真言をおぼえる。
「愛染明王は愛欲の神。
おまえのように恋の加護もないは、この世でそいとげるはむつかしい。
愛染明王にすがるがよい」
「な・・なんというた?」
「愛染明王は・・」
「ちがう。そいとげるというたか?」
「明王の力を持ってすれば、できぬことではあるまい?
が、百万遍も唱える誠をみせぬと・・」
「そいとげられるというか?」
「勢姫も今頃は必死でねんじておられよう」
「え?」
「ただし、時に限りがある。今より三月後の満月の夜までに百万遍。
唱え続けて日を間に合わさねばならぬ。
その夜、男美奈の祭壇の陽根をかえそう」
その時の手はずは勢姫にはなしてある。
にこやかに笑う陰陽師白川澄明が悪童丸は不思議だった。
「御前、なんで?」
我らに加担してくれる?
「だから、はよう・・・ほってくれ」
澄明を見詰、手を休めた悪童丸をしかりつけると
「因縁通り越す。
自らかなえさまと童子の因縁を通ると決めたお前だから出来ることだと思う。
因縁を通るだけでない。
通り越すことこそが人がこの世に生まれてせねば成らぬ宿命なのだ。
多くの人はそれにきずかないが、
私の前に縁を盛った以上、すておきにはできない。それだけだ」
己の端末をいくばくか滲ませたかと思うと
土から姿を見せた自然薯をさししめした。
「お前の物はこれくらいだったかの?」
当の本人が頷くのを見ると
「よかろう」
さらに丁寧に土をどけ、自然薯を掘り起こす澄明だった。
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