ぬながわひめが出雲にいったあと、建御名方命がぬながわひめにかわり、奴奈川いったいをおさめていた。翡翠の宣託をうけられぬ民衆は一抹の不安をだかえていたが、くわえて、おおなもちへの信頼も厚かったのであろう。出雲の立国がゆるまぬものになればよいと、身を呈しおおなもちにつきしたがい、出雲の地にでむいたぬながわひめの出雲への思いを解してもいた。そのぬながわひめが奴奈川にもどってきた。
民、一族は巫である、ぬながわひめの帰還にわきかえった。
しばらくは、安泰の日々が続いていた。
が、それもつかの間、
凶事を告げる使者がよせられてきた。
「アマテラスが・・・」
使者の言葉をただ、くりかえすだけになる。
国をゆずれといった。
夫、おおなもちの生死が、きにかかるが、
それ以上に、三保の地に残した娘みほすすみがきにかかる。
「おおなもちさまは、ことしろぬしの意見にまかせるとおおせだったとつたえきいております」
使者とて、まじかで、見聞きしたことではない。
だが、使者の目の前でまっさおにふるえるぬながわひめがいた。
「ことしろぬしさまに・・・」
もういちど、たずねかえしたか、得心の言葉だったか。
ぬながわひめの霊力であったかもしれない。
あるいは、当然かんがえつく不安であったかもしれない。
ことしろぬしは、今は、三保の地に住まいしていた。
美穂のおおなもちとのすまいにそのまま、すまい、
ことしろぬしは美穂崎の地に魚釣りとしょうして
であるいていた。
国引きの地でもある美穂崎にたたずんだことしろぬしの胸中はいかばかりであったか。
国をひいて、出雲の地は拡大していった。
その行為だけいえば、アマテラスとなにもかわりがない。
美穂の住まいは眼前、入り江のなだらかな波打ち際にたつ。
ことしろぬしの返事により、
アマテラスは軍勢を美穂にさしむけるだろう。
入り江に何隻もの船が襲来し・・・・・。
みほすすみは・・・・。
暗澹の顔がさらにくもる、おおなもちも、スサノオも
おそらく・・・・・・。
そして、次は奴奈川まで・・・。
建御名方命のするどい叫び声が静寂をきりさいた。
「ゆるせぬ」
その一言がその場に残るだけになった。
はやも、馬の背にのりこもうとする建御名方命の命運さえ見えてくる。
とめる言葉さえ言葉にできぬのは、ぬながわひめが
民、一族郎党の命運をさきに考えたためでしかなかった。
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