「つかぬ事をたずねますが、
そちらでお雇いになった介護員は
男性・・」
園長はそこで、いったん言葉をきって、
とまどいながら、続けた。
「男性?だった・・・の、ですか?」
父親は
恵美子になにかあるのかと、
いぶかったようだが、
深くは追求せずに
「そうです」
と、答えたあとに、
小さな言い訳をつけたした。
「彼女に妙な心配をかけたくなかったのです」
恵美子を介護してもらうためとはいえ、
一つ屋根の下に
しょっちゅう、他の女性の存在がある。
女にとって、好ましからぬ状況に
「彼女」が、なんらかの釘をさしたのだろう。
父親であることよりも、
男である事を選んだ男は
彼女の条件をのんだということだろう。
「じつはですね。
こちらで、女性職員を担当にしようとしたところ、
恵美子さんが、ひどく、おびえたのですよ」
園長は介護員が男であった事に納得していた。
「ですから、ひょっとして、そちらで、
それにきがついておられないとなると、
男性をお雇いになってらしたのかと」
「ああ」
父親はため息をついて、
目を伏せた。
恵美子が女性を恐れる。
其の事実は
「前の妻のせいですね・・・」
と、いう事になる。
男を慰める言葉を見つけられず
園長は
この先の方針を男に告げるしかなかった。
所長が苦肉の策として
あげたことは、
この園では、初めての試みであったのではないだろうか?
通常において、
女子の介護は女性にたくされるのであるが、
笑子の場合すでに、
男性介護員が介護にあたっていたという
前歴があり、
女性職員を母親と同一視することにより、
虐待というトラウマが笑子にトランスをひきおこさせるのであれば、
男性介護員で補うしかないと考えるしかなかった。
「実際、女性のメンタルな部分を考えても
女性職員が介護に当たるのが妥当と、かんがえてはいたのですが・・・」
所長の愁眉はあかない。
「確かに精神薄弱児であれば、本人が女性であるという自覚さえもてない事がおおいのですが、これも、逆に女性職員の介護により、
「女性らしさ」をすこしでも、刷り込む事も可能なのではないかと考えていたのです」
男は所長の考えをきかされると、
寂しそうにではあるが、礼をのべた。
恵美子がほんの少しでも女性らしく成長したとしても、
それが、なんの役にたつというのだろうか?
むしろ、女であるばかりに、
恵美子の母親は恵美子をのろったといってもいい。
忌み嫌いたくなる「性」。
これは、恵美子も恵美子の母も同じ。
(女)だということだ。
受止める側の性であるばかりに恵美子の母は
望まぬ子を孕み、望まぬ男の妻になった。
うまれでた子供も女である。
この子も
受止める側の性を具有している。
いまわしい性をついだ、赤ん坊に己の不幸をみてしまうのは、
仕方が無い事かもしれない。
その恵美子に人の子らしい人生をあたえてやろうと
考えてくれる所長の主旨は男にはありがたいものだった。
だが、
「もう・・・いいのです。
この子は狂って生まれてきたのです。
その狂いのままの生き様だけでも、
どんなに多くの人に力添えをしていただくことになっているか・・・。
これ以上はもう・・・」
望みもしない。
し、わずかばかりに女性らしさをしたためだした、
狂いはいっそう、哀れでしかない。
「役に立たない、木偶であるだけでいい。
それに女らしさ、などつけば、いっそう、わが身がくるしい」
そうかもしれない。
男は此処に恵美子を捨てるのだ。
捨てた娘がわずかばかりでも
人らしく、女性らしくなってゆく姿は
悲しい事だろう。
せめても、成長してゆくにも限度もある。
わずかばかりのらしさが、かえって、周りを
辛くさせることもありえるのだ。
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