憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

―理周 ― 25 白蛇抄第12話

2022-09-04 12:36:46 | ―理周 ―   白蛇抄第12話

不知火は物思いに耽るかのような理周を見ていた。
「理周、笛をみせてくれぬか?」
呼び覚まされた子供のように不知火を見詰返したが、
「はい」
さまに理周は立ち上がった。
袋ごと横笛を渡すようにと、理周の前にてをのばす。
渡された袋から既に逸品である。
笛を抜き出すと、不知火は掌(たなごころ)に受けて眺めた。
思った通りこれも品がよい。
理周が吹くより以前に使われた笛は
前の持ち主がどんなにか大切に扱ったかさえも、みてとれる。
「良い品じゃな」
雅楽師なら、この品をてばなそうとは考えはすまい。
「母に贈ったというたな?」
「はい。それを理周が五つの時から・・ふいております」
「これを見ておると・・父親の思いがみえてくるようだ」
理周の母と父。この二人にどんな経緯があったのかわからない。
だが、何らかの理由で添い遂げられぬとなった時、
男はこの笛に心をたくした。
入魂に近い品を理周の母に贈る事で、男は別れを享受した。
そう、思えた。
理周の父・・・。
「理周はいくつになるというたかの?」
不知火はなにをおもうのか?
「十八です」
「お前の母はいきておればいくつであった?」
「三十七、八かと・・」
理周の父親もそう、変わらぬ歳であろう。
横笛を入れている袋の黒い小平紋はいかにも若者らしい。
わしが三十二。
もう少し上で、若い頃から上等の笛を持てる男。
京の雅楽氏。
思い当たる者がいる。
だが、大物過ぎる。
逢うどころでない。
見ることさえ難しいかもしれない。
まあ。ままよ。
京の近く。山科の陰陽師、藤原永常がおる。
理周の笛をもつと不知火は裸管に下唇を当てた。
笛は甲高い音を立てて空を裂いた。
―ひいいいい――
くちびるをはなすと
「ふけぬの」
不知火が笑って理周の手に笛を戻した。
理周の心の裂け目に笛の音は高すぎた。
鋭く笛の音が刺してきた。
刺された傷あとに、確かに不知火を感じる。
いつのまにか、
笛より高く、不知火が理周の中に居る。
自分の胸の中にしみた音が不知火をみせつけている。
戸惑うより先、
高い音が耳にいつまでも残った。



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