―判りました。明日でてゆきます―
由女はうなづいた。
柊二郎のことである。
一旦身体をあわせた以上は、
気が済むまで久をだきつくすだろう。
もはや、なってしまった事を元に戻す事は出来ない。
それよりも下手に
柊二郎の狂気を煽ってしまうことがおそろしい。
獣姦をやりのけているのも由女はしっている。
雌鶏をなぶっていた柊二郎が声をもらした。
―よい・・ようしまりよるわ―
くえという押しつぶされた声は雌鶏を締めたせいであろう。
おそらく絶命の時の筋肉のしまりを楽しんでみたのであろう。
それも、女子を連れ込むよりは良いと由女は目をつぶった。
が、それを久でためさせられてはかなわない。
狂気は柊二郎の意識を
どこにはねのかせるか、わかったものではないのである。
次の日になると、由女は柊二郎の元に行った。
―おいとまいたします―
と、いうと
―ひとつだけお頼みもうします―
と、柊二郎をよんだ。
久を連れ行かぬと判れば柊二郎も文句はない。
牢の奥に久を置いたまま由女の側ににじり寄った。
―なんだ?―
―出てゆく事は内緒のことでありますれば、
もそっとちかくにおよりくださいー
いずれ判る事であるのだが
今は、久にはしらせたくないという。
―おう―
柊二郎はそばによった。
―これを―
―なんだ?―
―別れの杯でございます。これで私と貴方は元の他人。
縁もゆかりもない人になります―
―ふむ―
柊二郎はふと、疑念を持った。
―お前が先にのめ―
―はい―
由女は杯を口にふくんだ。
何でもなさそうだと判ると、
柊二郎は杯を受取るとぐいと一気に飲み込んだ。
―がはっ―
やおら、柊二郎はせきこんだ。
―なんだ?これは?―
―神前の誓いはお神酒でございますが、
情が残る別れは塩杯ときまっております―
―きいたことがない。
それに、何もこんなに塩をいれぬとも―
―由女の未練のからさとおぼしめしくださいませ―
―ふん。今更、気の聞いた事をいうわの―
そういうと、未練ひとつもない女になぞ構っていられぬと、柊二郎は久の側ににじり寄っていった。
後も見ず由女は牢部屋をでた。
そして、くどの大瓶はむろん、
ありとあらゆる場所の水を捨て去った。
跡は喉の渇きを覚えた柊二郎が水を得られる井戸に
現れるのを待つばかりであった。
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