泣いてる男の機嫌取りをするわけじゃないが、
本来の目的をはたしきってから泣いてくれと隠居は男をおいたてはじめた。
「さあさあ、その金を修造のやつにたたきつけ・・・
おっと、また、なんくせをつけられちゃあいけないから、まあ、そこはこらえて、
しっかり、証文をかかせて、きっちりかえしましたって、ぐうの音もでないようにしときなさいよ。
なにせ、あいつは、町方役人とつうじてるんだからね。
三日といったのでも、どんな、なんくせつけて、町方役人をひっぱりだしてくるかわかりゃしない。
とにかく、急いで、一刻でもはやくけえして、変な考えをもたせちゃいけない」
隠居の不安は、修造がいかに姑息かわかってるからだ・・。
ちょっと、首をひねったのは、姑息に隙をつかれないようのという考えがわいてきたせいだ。
「ご隠居のおっしゃるとおりだ。さあ、一時もはやく・・」
と、文次郎がせきたて始めると、隠居はあわてて立ち上がった。
立ち上がると、まっすぐ、天袋に歩み寄り、呼び銭とおいた1両をつかみだした。
「いや、なんだ、あいつのことだからって、考えてみたんだよ。
あいつのことだから、あなたが銭を払えるとわかりゃあ、もっと、すいとってやろうって思うにきまってるんだ。
そしたらね、間違いなく、その30両は昨日までのぶんだとか、なんとかいいだして、今日の利子ってものをきちんとはらってくれってね。
法外なことをいいたてるだろう。
だから、あなたは、この1両をね、今日の利子だって、つり銭はいらねえぜって、啖呵きってね、証文書かせるまで、銭は渡せないって・・よくよく、ひいちゃあ、いけませんよ」
うんうんとうなづく男の横で文次郎親方はふんふんと感心の声を上げている。
「なるほど、さすがにご隠居だ」
「だてに年の甲をかさねちゃいないって?たしかに私は年寄りでございますよ」
おかしないいように、ふと笑いがこぼれた男に隠居はすかさず、いいわたした。
「さあ、いい顔になんなすった。その顔で、いきゃあ、足元すくわれることはありませんよ」
そ・・そこまで・・。
男の心にまで配慮する隠居に男は言われたとおり、大急ぎで金を返しにいくことにした。
「親方・
ご隠居さま・・
きちり、使わせていただきます」
ぺこりと頭を下げると押し出された1両にまたも深々と頭を下げたと見えたやいなや
「おい、おい、おい・・」
の親方の声も置き去りになってしまった。
「やれやれ・・ついていってやろうかとおもったのに・・」
いささか不安げな文次郎の声に隠居は
「大丈夫ですよ。払わないっていってるんじゃない。耳をそろえてはらってやるんだ。
今回はそれですますとするでしょう。
問題はあとですね・・。
又、賭場に誘いにくるでしょう。
もちろん、断るにきまってるが、小うるさい蝿のように・・しばらくはまといつかれる・・」
ふむと腕をくみなおすと文次郎もしかたがないとおもったか。
「まあ、それくらいのばちがあたってもしかたがないってとこですかな」
うんうんとうなづきながら隠居は文次郎にちょいちょいとてまねきをすると
口元に猪口をあてがう仕草。
「昼間からですかい?」
「なに、もう、日がかげってきたさ・・」
少し迷ったふりをして、文次郎も
「ああ、うすぐらくなってきちまったかな」
と、夕刻に近いことにして、隠居の申し出の通り、一献くみかわすことにきめた。
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