憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

踊り娘・・・3

2022-12-21 14:19:40 | 踊り娘

舞台をはねて
二人のアパートに帰ってくるまで、
並んで歩きながら
ターニャの足取りが重い。
「姉さん?どうしたの?」
やはり、ソロマドンナ降格が応えているのだろうと、
サーシャは言葉を選ぶ。
「あたしは・・・アフタータイムの踊り手でも、
別にかまわないんじゃないかとおもうんだけどね」
悲しそうにうつむいたターニャにかまわず
サーシャの言葉が続く。
「姉さんはアフタータイムの踊り娘をばかにしてるし、
観客を馬鹿にしてるんだ」
ターニャの言葉が不思議で
サーシャは尋ねかえした。
「どういう意味だろう?」
「姉さんはアフタータイムの踊りが実力で成り立ってない。
踊りを見る目がない観客が女の裸を見に来てる。
そこで踊ればさらしものだとおもってるんだ」
サーシャに・・・何がわかるというんだろう?
ましてや、この子は間違っても
さらし物になることなんかない子だ。
もちろん、まだ・・・・サーシャは
キエフからの招待をしらないけれど。
「あなた・・・。じゃあ、胸をさらして、おどってゆける?」
「できるよ。あたしは、胸をさらすんじゃないもの。
踊りを踊るんだもの。
胸を出すのは衣装を着けてないと思うからおかしいのよ。
おっぱいっていう衣装をつけてるのよ」
確かに演目は胸をさらけて踊るにふさわしい
妖艶な音律をBGMにしている。
「あなた・・・」
本当に踊りがすきなんだと思う。
どんな場末にいてもこの子は
「踊る」んだ。
「今はさあ、ラインダンサーとか、十把一絡げの
端役でしかないけどさ、アフターでソロをはれっていわれたら、
そっちのほうがいいな。
そこから、チャンスをつかむことができるかもしれないもの」
サーシャの考えは若さゆえではあろう。
だが、
チャンス。
その言葉にターニャは話さなければならない
いろんなことを思い返してみた。
たとえば、イワノフのプロポーズ。
サーシャのキエフへの招待。
そして、自分の進退・・・。
これらすべてが
「チャンス」という紐でくくられる。
どうチャンスにしてゆくかで、
この先の運命も
ラッキーかアンラッキーに
分かれてゆく気がする。

サーシャのことは、簡単だろう。サーシャの決心ひとつだ。
自分がこの先どうするか。

ターニャはやっと、サーシャに
イワノフからのプロポーズを
話してみる気になった。

***安いアパートの二階の北の隅は
ただでさえ陽があたらないのに、
二人の留守で火の気の無い部屋は
いっそう、凍えている。
それでも、鍵を差し込む手をかじこませた姉妹が
やっと部屋の中に入るまで外気に晒される廊下の寒さに比べれば
部屋の中は安息地である。
中に入ればまずストーブをつけよう。
夕食には昨日のジャガイモのポトフが残っている。
ストーブの上でポトフが温まる間に
イワノフのプロポーズのことなど、話せるだろう。

ターニャがなにか、考えている様子を
察っしたサーシャはあけられたドアの中に入り込むと
一番先にストーブの火をつけに行った。
後から入ってきたターニャがポトフをストーブの上に置きかけると
サーシャはなにかいいたげな姉の話を催促した。
「食事はあとでいいよ。姉さん、なにか、はなしたいことがあるんでしょ?」

妹はいつもこうだ。
気になることを後回しにすることを嫌う。
「いいのかな?」
ポトフの鍋を見ながらターニャは
サーシャの空腹が気になった。
「いいよ」
やっぱり、後回しになるかと、
ポトフの鍋から目を離し
ターニャはまだ、温まりきらないストーブの前に
椅子をふたつ引っ張ってきた。
足を暖めながらサーシャに話そうと座り込んだ姉の横に
サーシャもすわりこんだが、
並んで話す形が不安定でサーシャは
椅子ごと持ち上げると
ターニャの顔が見えるように
向きを変えて座りなおした。
「で?」
「うん」
いきなり、イワノフのプロポーズのことを口にするのも
てれくさい物がある。
「なに?」
「うん。やっぱり・・・あなたの話からにしよう」
「え?なに?あたしの事もあるわけ?そんなことあとでいいよ」
「うん。でも・・・。姉さんの話に関係あることだから・・・」
先にサーシャがキエフ行きをどうするか、それを判ってからのほうが
いいだろうとターニャは
イワノフから聞かされたサーシャのチャンスを話すことにした。
イワノフがサーシャの舞台稽古をVTRにおさめ、
それを、キエフ在住の舞踏家に送った。
「ああ?あれ?剣の舞だったかな?
3回くらい・・・・おどらされたかなあ」
サーシャにも覚えがある。
「うん。その3回ともイワノフさんが取ってたんだって事も知ってる?」
「え?そりゃしらない。で?」
話の先を急がせるサーシャの目が輝いている。
「うん。ポジションが3回とも、1cmの狂いがないって・・」
「はあ?」
それがどうしたのだという?
サーシャにすればあるいは。当然だと思ったのか?
それよりも、その事実より先が問題だといいたいのかもしれない。
「うん。で、そのVTRをみた舞踏家というのが、「コンドラテンコ」なんだよ・・」
「え?」
ターニャの口から告げられた大物舞踏家の名前に
サーシャが、そのまま、噴出して笑い始めた。
「やだな。舞踏家だっていうだけなら、あたしだって、
なにか、いい話かなって、おもわないでもないじゃない?
で、その天下のコンドラテンコさまにVTRを見てもらった・・・」
出てきた名前が大物過ぎて
サーシャのわずかな期待がしぼんでしまった。
大体欠点を指摘するときは
長所を先にほめるのが筋だから、
この後に話される内容にも想像がつく。



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