「はいれぬ」
悪童丸の陽根を祭った小さな祭壇の周りの角に竹が埋められ
竹を結んであらなわが張られている。
ひどく簡単なひもろぎであるというのに、伽羅には入れない。
「ただの陰陽師ではない」
薊撫のいうとおりのかむはかりの者のせいか?
なれど、ほたえを放ち生を継がせる道具を
とりあぐる陰陽師のどこがかむはかりの者か?
「なにをかんがえおる」
悪童丸も舌が癒えぬものだから、何もはなしもできぬ。
やけに余裕を見せているのがなぜか判らぬまま
やもたてもたまらずここに来てみたがどうにも成らない。
勢・・おまえもあきらめたかや?
せめてみたが、きがついた。
勢も鬼の血。
ここにはいりきれぬか。
『おろがむのみじゃというたな』
薊撫の言葉がよみがえる。
成らぬことであれば陰陽師は悪童丸の首をきりおとしているはずである。
おろがむ。己を無にして考えるしかない。
生という、血をくりかえすなということか?
陽根が無ければ、悪童丸という鬼の血は絶える。
すでに。
生れ落ちた、その時に海老名の手に生死を載せられた悪童丸である。
いつ、死なされても文句の言える命ではないのかもしれない。
それを不遜にも、生きおおそうとした所に既にまちがいがある?
かむはかりというは、そんなに狭いものか?
判らない。
判るくらいなら、こんな簡単なひもろぎで
鬼を寄せ付けない術なぞ、みにつけられまい。
何をみている?
この陰陽師は何をみている?
判るわけのない澄明のはかりを伽羅はにらみつけている。
手の届く所にある陽根の血のりが褒賞紙に染み、
既に茶色く変色している。
あわれというだけではないか。
人と通じた鬼の二の舞くりかえすなとみせしめるためだけか・・・・
三日の間伽羅は祭壇を行き来した。
三日の夕刻。
時刻に早いに澄明が来ると、手に持った自然薯と陽根をみくらべている。
物陰に隠れている伽羅にきがついたか、
澄明は自然薯をささげあげると、伽羅に言ったように聴こえた。
「丁度よい。悪童丸がいうたとおりじゃ」
澄明が立ち去ると、伽羅は悪童丸のすみかに行ってみる事にした。
舌の傷はいえるのはやい。おまけに若いからだである。
もう喋れるようになっているということかもしれぬ。
澄明がいう事は悪童丸におうて、なんぞ話したという事にも思えた。
案の定。悪童丸の傷はいえていた。
指も綺麗に継ぎなおしたようである。
だが、伽羅を見ても口中で呟くのをやめようともせず
一心不乱の念誦である。
「なにをいいおる?」
伽羅をみると、
「勢をめとる」
それだけしかいわぬ。
「陰陽師がきたかや?何をはなしたか?」
「勢と添わすというてくれた」
あとは口中の呟きに変わる。
わからぬ。
判らぬが、行を納めた悪童丸が
どうやら陰陽師に言われた事を信じている。
ならば、よいわ。
おまえが信じれるなら伽羅もしんじよう。
鵜呑みを通り越して得体の知れない約束事を丸呑みにすると
これが伽羅の性根のよさであろう。
すると。
この伽羅に勢という、娘もできるということかや?
と、喜んでしまう。
それだけではない。
伽羅は一人とて子も産まぬに婆と言われるようになるのである。
が、それは後の話。
一心に愛染明王の真言を唱える悪童丸の胸に勢が浮かぶ。
幼い勢の泣いた顔が浮かぶ。
泣いた顔がくるりと変わると無邪気に指きり唄をうとうた。
『参らせ候。わたらせ候。指切ったぁ』
知らぬうちに交わした約束だった。
ふたりの底に沈みこんで芽吹く時を待った恋が歌わせた約束だった。
「勢」
恋と言うには、幼すぎた慕情は姉への敬意だとおもうていた。
だが、もう、ちがう。
寄せて返し、引いて返す。
約束どおり勢に参らせ、渡らせ。
勢に通じた男根の中に、今はほたえの苦しみまでもちさられたか。
祭壇に飾られた陽根がおかしくもぶざまである。
それでも、再び勢に通じる日が来る。
『渡らせ候。渡らせ候』
約束が果たされたそれから、寸刻を惜しむに
別れの日がしのびよってくる。
勢を離したくないと片割れがうずき、
勢を抱かねば、心がうめきたてた。
だが、いま、陽根にほたえごともちさられたせいかもしれない。
わかれるでない。
結ばれるのだとしんじ、真言を唱え続ける悪童丸の心の中に
うめきはない。
「勢」
おん・まからぎゃ・ばぞろうしゅにしゃ・ばざとらさとば・じゃく・うん・ばく
おん・まからぎゃ・ばぞろうしゅにしゃ・ばざとらさとば・じゃく・うん・ばく
おん・まからぎゃ・ばぞろうしゅにしゃ・ばざとらさとば・じゃく・うん・ばく
おん・まからぎゃ・ばぞろうしゅにしゃ・ばざとらさとば・じゃく・うん・ばく
おん・まからぎゃ・ばぞろうしゅにしゃ・ばざとらさとば・じゃく・うん・ばく
勢と共にしぬるあともくらせるように。
おん・まからぎゃ・ばぞろうしゅにしゃ・ばざとらさとば・じゃく・うん・ばく
足りぬほどは思いを込めてもまだ、たりぬ。
おん・まからぎゃ・ばぞろうしゅにしゃ・ばざとらさとば・じゃく・うん・ばく
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