憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

宿業・・11   白蛇抄第7話

2022-08-27 20:59:35 | 宿業   白蛇抄第7話

朋世が周汰の元に嫁ぎ三年の月日が流れていた。
生まれた子に周汰は草汰という名を与えた。
「草は根強い。どんな事があっても地に根をはっていきる」
畑に生える雑草ほど強い物はない。
二つになった草汰を、膝に抱きかかえ
周汰はほおずりをする。
「それに何よりも、おまえにようにておる」
だからこそ尚のことかわゆいと、周汰は言う。
仲の良い夫婦でもある。
そろそろ二人目が欲しいと周汰は言うが、
言った口の下から人が聞いたら赤面して逃げ出すような事をさらりと言ってのける。
「だが、朋世が孕んだら、きずつのうて、
だけぬようになる」
と。
草汰が腹におるとき周汰は朋世に触れようとして
触れ切れなかった。
「つらいの」
朋世の腹の大きさを労わるのか、
周汰自身の朋世に触れきれぬ心を言うのか。
寝間では、草汰が生まれるまで毎夜、
朋世を背中から抱いて周汰は眠った。
「わしは朋世がかわゆくてしかたがない」
大の男はてらいも見せず、己の心のままを口にした。
三年たったいまもそれは変わりなく、
朋世とともに畑に出ておるときにでも、
ふと湧き上がった思いを、口にする。
「朋世がわしの事を好いてくれてよかった」
とも、いう。
三年前のあの時。
確かに朋世には男がいたはずであった。
が、そのことさえも、
そ奴が朋世を捨ててくれて良かったとまで思えるのである。
そして、朋世を思うて
つどつど、出かけていて良かったと思う。
もし、そ奴に捨てられた朋世を拭うのが
周汰でなかったら、
朋世は他の誰かの手の物になっていたであろう。
「時」に乗じられたことを周汰は、神に感謝さえしていた。
そんなにいとおしい朋世を無性に求め確かめたくなる。
麦の畑の中で、周汰は朋世を呼んだ。
「なんね?」
近寄ってきた朋世のもんぺの紐を解きあげ、
朋世の尻をさらけ出させると、
麦の畑の真中で周汰は朋世に精をはたきこんだ。
「これはお前にしかやらぬものだぞ」
周汰は言った。
何度その言葉をきかされていることであろうか。
夜這いの夜にしか結ばれなかった時から
今も周汰が、そういう。
嫁に来いといったのである。
嫁にするといったのである。
周汰の嫁になった今も周汰の朋世への執心は見事な物で、
自然村人たちの口の端(は)にのぼる。
「まだ・・・あきぬのか?」
周汰を笑ったのは、定太だった。
「は?」
周汰は何を言われたのかさえ皆目見当が付かない。
それほどに、朋世に万が一にでも飽きるなぞという
例えさえ周汰の心にはなかった。
「ははっ。こいつはまいったね」
定太も色をなして驚いていた。
定太からお陸を奪い取った男が、
お陸の事なぞ一つも顧みる気もないほどに
朋世に一途になれるのが不思議であった。
「おめえ」
定太はすんだ事を尋ねかける馬鹿さ加減に言葉を止めた。
「ん?」
妙な間が空く。
「いや・・なに・・・」
定太は頭をするりとなぜた。
「なんぞ?」
「いや・・なに」
すんだ事で有らばこそ。きいても良いのではないかと
定太は考え直していた。
「なに・・・なんだ。おめえにとって、
陸はなんだったのかなっと思ってよ」
「ああ・・・そのことか」
周汰は随分遠い昔の事を思い出すかのように
考えているようであった。
「そうじゃな」
しばらくして周汰はいった。
「わしは朋世をずううとすいておった。
あれがまかり間違えてしん張り棒をはずすと限らぬと
思うて十三の時から時々、朋世の屋根の下にいって
戸が開かぬことを確かめて来ておった」
「なんとやな?十三というたら」
「ああ。わしもまだ十五じゃった」
「そんな昔から?ならば。陸の事よりもはように・・」
「それやもしれん。わしは朋世をどう抱いてよいかさえ、わからんかったに」
「陸に教わったという事か?」
「朋世を思うと、わしがほたえる。
陸で沈めておくのが良いとも思った」
つまり・・・・。
周汰はお陸でなく、他の女子に、
例えば村の他の娘にほたえをぶつけて、
うかりとして、子を孕ませてしまえば
周汰は自分の性分であるから
その娘を嫁取る羽目になることを承知していた。
そして、そういう定理が成り立つなら
既に村の他の娘に夜這いをかけるということは、
周汰にとって朋世への裏切りであった。
「つまり・・・」
定太は周汰の心の底に少なからず
ぞおおっとした思いを湧かせていた。
つまり、周汰は朋世を護るために、
陸という女を利用していただけなのである。
お甲をなぶりものにした自分が、
周汰にぞっとするというのもおかしな事であるが
「つまり・・・お前は陸がはらんだとて」
後の言葉は定太も恐ろしくなった。が、
「掻き出すが嫌だと言えば、
陸の首をつらさせてやっただろうの」
周汰はあっさりといった。
子を掻き出させるというむごい事になっても、
陸にはそうさせてもかまわない。
それだけでしかない女だからこそ、
陸を、その体を抱けた。
「で、なければわしは陸をだかぬかったじゃろう。
だから、これは朋世を裏切ったわけではない」
「・・・・・」
定太は言葉を失った。
周汰は少し悲しそうだった。
陸はあまりにも哀れな女だった。
そして、周汰は男の摂理を素直に認めた男であった。



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