「あのね・・。こんなこと、誰にもいえなくて・・ずっと黙ってたの」
彼女の顔が深刻そのものにかわり、私を励ます。
「吐き出してしまった方がいいよ。なにがあったのかわからないけど、自分の中においておいたら、そのことを考えるのは自分しかいないから、なおさら、しんどくなるもの」
うんと、うなづいて、黙る。突然切り出しても、彼女が聞ける体制にもちこむための一芝居。
芝居が功を奏して、彼女は黙って私の言葉をまっていた。
「私・・・恋人がいるの・・」
それは、つまり、不倫であり、その不倫の相手は貴女のご主人。
だけど、まだまだ、そんなことを暴露するわけにはいかない。
彼女はうっすらと息をはきだした。
小さなため息にもみえた。
「もう、6年越し。だから、私は夫との間に子供をつくらないようにしたの。
だって、それをしたら、彼が悲しむ。彼の愛に応える方法はそれしかなかったの。
一緒になれるものなら一緒になりたい。お互いそう思っているけれど、私は母のことを考えると・・それもできない。
だから、貴女のおめでたをきいて、うらやましくなったの。
彼の子供ができたら、流すしかない。産めば、夫の子供になってしまう?
大手をふって、彼の子供を孕むことができる・・貴女がうらやましい」
えっと、彼女の顔色がかわるとおもっていた。
それが、不思議なほど静かな顔つきをしている。
鈍いのだろうか?
彼の子供を孕める貴女という意味がわからなかったのだろうか?
「そう・・。それで、貴女に子供ができたということでここにきたわけ?」
え?
「私・・ずっと前から、気がついていたの。だけど、貴女が悪いんじゃないっておもってた。
あの人が貴女に惹かれてしまうのは、私が足りないんだって、そう思っていた。
だって、貴女は確かに綺麗だし、頭もいいし、なによりも女からみても女らしくて、
あの人が貴女に惹かれるのはしかたがないって・・・。
私はあなたに勝てるものなんか、一切無くて、それに私は貴女が好きだったもの。
だから、あの人が貴女を好きになる気持ち、わからないでもなかった」
「あ・・あなた・・」
「だけど、いつかは、きっと、私のことをふりむいてくれる。そう信じることにしたの。
ふりむかないあの人がわるいんじゃなくて、ふりむかせることができない私が悪いのに、貴方たちをむりやり別れさせて、しかたなく、私のところにもどってくるなんて、もっとみじめじゃない。
本当にふりむいてもらえるまで辛抱していくしかない。
そう考えていたの。
でも、もう結婚して4年。交際していた時から考えたら6年以上。
こんな状態を辛抱しているばかりで良いのかなって、子供を授からないのは、縁がないってことなのかな?って。
だから、思い切って、占い師にみてもらうことにしたの」
一言も返す言葉をみつけることができず、私はただ、彼女の話をきくだけになった。
「占い師は、あの人は、もう、・・・」
辛そうに唇をゆがめた彼女だったが、話をつづけた。
「貴女のことを・・・」
言いよどむのは何故?
「欲望処理にしか思っていない・・」
え?
「その証がすぐにでてきます。そして、ご主人は、貴女のところに今度こそ戻ってくる。貴女がきがついていることもうすうす感じている。すまないとおもいながら、欲望にひきずられて、ふんぎりがつけられない。しばらくあとに、なにもかもに決着がつく状態になります。
その結果が良くても悪くても、心みださず、うけとめてください。時期がきたのですよ」
占い師に告げられた言葉だけを彼女はそのまま私にはなした。
「お友達もそうですが、貴女も本当に夫婦になるべき人といっしょになっています。
相手を大切に思うということさえ、見えなくなっているご友人が・・お気の毒です」
「う・・占い師にいわれたことを信じるわけ?
私がいうことは信じないわけ?」
「何を信じろと?」
「だから、彼が私を愛していて、貴女のことなんか、ただの家政婦で、
本当は私といっしょになりたくて、どうにもならないだけで・・」
「だったら、私になにも話さず、いままでどおり、愛人を続けていくしかなかったんじゃない?
でしょ?
私に話して、貴女はどうしたいわけ?
あの人と一緒になりたいのなら、今までにいくらでもチャンスはあった。
今がそうだというのなら、略奪でもなんでもすればいいでしょ?
愛人としてみとめてほしいなら、すでに私は認めているし
その関係を続けたいのなら、続けていけばいい。
そして、貴女は怯えて暮らすのよね。
そのことを貴女のお母様にはなされはしないだろうか?
ご主人になにもかもばらされはしないだろうか?
あの人は私を愛しているのだろうか?
あの人は貴女をあいしているのだろうか?
ただの肉欲の道具にされているだけなのだろうか?
そうやって、人の気持ちを量ってばかり・・」
ぽろぽろと彼女の瞳から涙の粒がおちてきていた。
「本当に量る価値のある人を量ることもできず、自分の欲望だけ。
そんな生き方をあの人にみせてくれたことには感謝してる」
「そ・・それで、あ、あ・・わ・・私に・・・」
私の姿が他ならぬ彼自身の姿だと気がついた、彼が、
彼女の愛情に価値をみいだした。
そして、どうでもよくなった女はむさぼり終えるときまでむさぼっておく?
「貴女が愛人をつづけたいのなら、続けていけばいい。
だけど、あの人と私の家庭にまで踏み入ることはゆるさない。
私は貴女と友人のままでいたかった。だけど、時期がきたんだなってそう思った。
貴女を失うことは悪いことだけど
貴女と決着をつけるのは良いことなんだ、と思う。
私はもう、そんな貴女をこれ以上みたくないし・・」
「そんな?そんな・・てっなによ?彼が夢中になってるってこと?
そうよ。そりゃあ、すごいセックスよ。逢えばかならずそうよ。
貴女がつまらない女だからよ。
貴女のいうとおりよね。私をみていたら、貴女がみじめになるだけよね」
彼女からの罵詈雑言を予想していた。
その罵詈雑言を逆手にとって、もっと、彼女を傷つけることができた。
だけど、取り乱すことなく、彼女は人事でも聞くかのように耳をかたむけていく。
「貴女のいうように、みじめよ。だけど、いくらみじめになっても
あの人の事が好きだという気持ちとは、別問題だし、そんなことで、
なくなる思いじゃない・・もの」
ひとつもみじめさをかんじさせない言い方ができるのは、なぜだろう?
占い師にいわれたことを信じてるから?
驚いちゃいけない。たった、それだけの言葉で、彼女が此処まで、冷静に対処できるわけがない。
占い師は、おそらく、前世の話を彼女にもふきこんだに違いない。
「だったら、私が彼を愛し、彼が私を愛しているということがかわらなくて
貴女は貴女で彼を思う。
これは、かまわないわけよね?」
「そうだとさっきから、何度もいったと思うけど・・」
「そうね。でも、貴女のいうことは、私を愛人として、認めるであって、
私にいわせれば、貴女のほうが、愛人なわけよ」
「その通りだと思うわ。以前の私ならそれで、諦めるしかなかった。
待つしかなかった。だけど、もう、今は違う」
何を言い出す気なのか、別れろとでもいいたいわけ?
「貴女がお母様のことを考えるように、私は子供のことを考える。
子供の父親をなくさせることはできないし、
あの人が父親になることもあの人の人生なの。
貴女に子供ができたというのなら・・・」
私の怒りは頂点にたっしていた。
そして、彼女につきつける言葉も用意できていた。
「だったら、どうするの?
堕ろせって?
堕ろすのなら、貴女のほうでしょ?
貴女のほうが愛人なんでしょ?
貴女、そういったわよね?」
「でも、貴女は子供をうむしかない。
だけど、今の状態のまま、ご主人の子供だといって、
産むしかないわけでしょ?
せっかく、授かった子供を流したりしたくないだろうし、
かといって、二人で駆け落ちでもできる?
できないでしょ?
貴女も自分をとおしたければ、なにもかも胸の中においておくしかないの。
それを知ってるのは、あの人と貴女だけ。
それでしかないの。
そして、私がもっとしっかりあの人の心をつかんでいれば、
貴女をくるしめることにならなかったと思う」
「苦しんでる?なにそれ?彼の心をつかんでれば?
順序が逆よ。
彼が私を愛しているから、貴女には彼の心をつかむことができない。
当然じゃない。
彼の気持ちなんか、掴めるわけないじゃない。
無いんだもの。無いものをどうやって、掴むわけよ?」
「・・・・・・・・・」
なにか言いかけた。
だけど、彼女は必死で口をつぐんだ。
いっちゃならない罵詈雑言を抑える姿は、
ただただ、プライドの高い憐れなものにみえた。
そのときだった。
携帯にメール着信。
彼に違いない。
営業で外回りの多い彼はときおり、その時間を裂いて、
私とのひとときを過ごす。
携帯を取り出す。
彼女は私を黙って見つめ続けていた。
ー3時・・いつもの場所・・来れる?-
時間を確かめ、メールに返事を入れると彼女に告げた。
「逢いにいってくるわ」
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