憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

―理周 ― 6 白蛇抄第12話

2022-09-04 12:42:30 | ―理周 ―   白蛇抄第12話

「嫁にくれ?と?」
尋ね返す艘謁に禰宜はいささか、とまどいをみせる。
「そう・・ではないのだが。まあ・・にたようなものだ」
由緒は正しい。身分も、人品も決して卑しくない。
が、立場上、下賎の者を妻に迎えるわけには行かない。
理周に心を寄せた雲上人は、思い余った。
側女といえばいいか。
男子をなせば、それでも、格は上がり、
衆目の認めるお方さまに遇せられる。
それを頼みに、理周を迎えるしかない。
雲上人に頭を下げられて禰宜はやってきた。
「ふ・・む」
天涯孤独の身の上の理周にとって、悪い話ではない。
普通なら会うこともかなわぬ相手である。
それが・・。
「本意であらせられるはいうまでもない」
「うむ」
「どうであろうの?」
「理周がどういうか」
そこである。
だが、遊び心であるなら、こんな禰宜に頭を下げず、
理周をよびつければよかろう?
―伽を求むー
それで、おわる。
断れる立場でない。
雅楽の進退を量りにかけられ理周に応諾しかない。
が、無体を望まぬ。
このありようが既に本意である。
「う・・む」
「勿体無いようなお心であるに、断る馬鹿もあるまい?」
虫けらほどの価値もないような下々の女の心を、本意にのぞむというか。
「誰・・なのだ?」
「おどろくなよ」
禰宜は耳をよこせという。
艘謁は小さく告げられた言葉に色をなくした。
「ことわったら?」
「そうさせぬようにお前に相談じゃろうが?」
「それでも。いやじゃというたら?」
禰宜は嫌な目をした。
「断りを入れてくるような・・・わけがあるというか?」
つまり、例えば既に深い仲の男がいるのか?と。
「い・・や。それは・・ない」
とぎれる言葉が、うろんげで、なおいやらしい。
「ほんとうか?」
念を押してみたくなる。
「ああ。あれはそのようなおなごでない」
男にほだされるような女子でない。
理周はむしろ、男というものをにくんでいるだろう。
母を独り寂しく生かせ、逝かせた男という生き物を。
「今の言葉。うそでないな?」
「ああ。だが・・」
艘謁には見えていた。
「理周はうんとはいいたくない。それが本意だろう」
禰宜の口から溜息が出そうである。
「無理をいいたくないか?」
「・・・」
「お前がいえば」
頷くしかない理周だろう。
「だからこそ・・・」
いいたくない。
「薬師丸様もおなじようなことをいうておった」
艘謁の瞳がたたみの縁を見詰ていた。
「すいた女子だからこそ、無体はしとうないと」
「薬師丸様が、それで、諦めれるぐらいのお心なら・・」
そういう考え方もある。
諦めれるくらいの気持ちなら、尚、無理はおしつけたくない。
「理周に・・きめさせよというか?」
「できるなら」
考え込んだ禰宜は
「それでも、この事は必ず理周にきいてくれるということではあるな?」
「そうなるな」
案外、理周がうんというかもしれない。
それもたしかめねばなるまい。
「あの、お方だからの」
「ああ」
麗しい方である。
女子なら、声をかけられただけでも、夢のようにうれしかろう。
それが、本意であると懸想をつたえられる。
「まあ、あんずるよりということもあろう?」
「うむ」
「たのむぞ。しかとつたえてくれよ」
艘謁が伝えれば事はなったも同然。
嫌な計算付くを、胸で確かめながら禰宜は重ねた。
「薬師丸様のご母堂をしっておるよな」
「う・・」
「賢壬尼さまだわの」
息子の色恋に加担するとは思えぬが、
長浜の仏道を掌握しかねぬほど、人心に名を馳せた尼人である。
今は京の羅漢寺に風と戯れるかのようにひっそりとくらしている。
「わかった」
艘謁が頷く訳は、いずれのちにはなすとして、
約束は約束になってしまったのである。
ここは、やはり理周に話すしかない。
艘謁の胸の中ではわかっている。
否。
この理周をみるしかないのである。



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