ポケットの中で映画を温めて

今までに観た昔の映画を振り返ったり、最近の映画の感想も。欲張って本や音楽、その他も。

忘れ得ぬ作品・5〜『ケス』

2016年05月08日 | 1960年代映画(外国)
制作されてから27年後の1996年にやっと劇場公開なった作品『ケス』(ケン・ローチ監督、1969年)を、
当時、待ちに待った思いでミニシアターまで駆けつけた。
しかし、この作品はカラー映画なのに、記憶の中ではどうしてもモノクロのイメージが強い。
と言うことは、それ以前にテレビ放映されているから、その時に観ていてそれが記憶が残ったままだろうか。
そこのところがよくわからないが、この映画自体の印象は今でも鮮明である。

イギリス、ヨークシャー地方の炭鉱がある町。
母と兄の三人暮らしの少年ビリー・キャスパーは、中学卒業を間近に控えている。
家も貧しく、学校に行く前には新聞配達をしている。炭坑労働者の兄とも年が離れている。
その兄は自分のことが精いっぱいで、ビリーに愛情のかけらも持っていない。

ある朝ビリーは、森の中に一部だけが残っている廃墟の、高い石壁にハヤブサの巣を見つける。
そして、ヒナを育てて訓練したいと、本屋から「タカの訓練法」の本をこっそり盗む。
熱心にその本を読んだビリーは、とうとう巣から一羽のヒナを手にして・・・・



体格が小柄で貧弱なビリーは、勉強が好きでなく運動も苦手。要は劣等生。
その彼が、ハヤブサのヒナを育てて、自分の思うように飛ばせてみたいと、そのことに熱中する。
一人の少年が、ひとつの事に熱中し、鳥と交流しながら愛情を捧ぐその姿。
教室のホームルームで、「何か自分のことを話しなさい」と言われ、
グズグズしていたビリーが、徐々にハヤブサのことを話し始め、ついには夢中になって話すその口調。
その思いに先生やクラスメートも、遂には一言も聞き逃さないように引き込まれる。
そんなビリーに、思わず、何ともいえない深い感動を覚えられずにはいられない。

この作品は、少年と鳥との交流の単なる成長物語ではない。
直接的には描かないが、そこでは、弱者が生きていく社会背景が隠し絵のようにしてあぶり出される。
そして、鋭く冷静に描くその内容は、あたかもドキュメンタリーのようである。
寒い運動場でのサッカー。その時の教師の身勝手さ。
また、違反をしたと言って、生徒の言い分を一切聞かず罰を加える校長。なんの罪もない哀れな優秀生徒。
それを弾劾するのではなく、ユーモアさえ漂わせて客観的に描く。

ラスト、兄の約束を破ったビリーに悲劇が襲う。
そのビリーの悲しみが痛々しい。
映画は、社会の底辺にへばり付く労働者階級の貧困も含めて、その社会そのものを静かに告発する。
コメント (3)
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