ポケットの中で映画を温めて

今までに観た昔の映画を振り返ったり、最近の映画の感想も。欲張って本や音楽、その他も。

ジュリアン・デュヴィヴィエ・8〜『にんじん』

2017年12月05日 | 戦前・戦中映画(外国)

『にんじん』(ジュリアン・デュヴィヴィエ監督、1932年)を久し振りに観直した。

学校が夏休みになり、寄宿舎から家に帰って来る“にんじん”と兄のフェリックス。
しかし“にんじん”は、帰ることに気が重い。
父親は家で口をきかないし、母親は口やかましいから。
特に、母親は“にんじん”に小言ばかりを言い、おまけに憎々しげに邪険に扱う。

だから“にんじん”は、父親のことをルピックさん、母親をルピック夫人と、人と話すとき言う。
彼にとって家族とは、“共感のない人々が罵り合いながら同じ屋根の下で暮らす所”だから・・・

赤いパサパサの髪の毛(実際は金髪)とソバカスだらけのフランソワは、“にんじん”とあだ名されている。
3人兄弟の末っ子。
母親は、兄フェリックスや姉エルネスチヌはお気に入りなのに、なぜか“にんじん”だけには、つらく当たったり仕事のいいつけをする。
父親が“にんじん”に猟に誘っているのに、わざと断らせるような母親である。
そして、年の離れた兄姉も、“にんじん”に陰湿な振る舞いをして喜ぶ。

完全に崩壊している家族。

新しく来たメイドのアネットが、何かと“にんじん”の味方になってくれて、
家族に無関心な父親に“にんじん”の実状を打ち明ける。
片や、“にんじん”の方は、夢の中でもう一人の自分が「反抗と自殺」を勧める。
父親は、アネットの忠告が効いたのか、母親が“にんじん”にだけ指図するのを見て、始めて“にんじん”の味方をする。

「一緒に食事をしよう、後から役場へおいで」と父親から言われて喜ぶ“にんじん”。
しかし行ってみれば、村長に当選した父親は、祝賀会で客の相手に大忙し。
やはり、無視される“にんじん”は、いたたまれなくなって、とうとう自殺を決意する。

それを知った父親は、必死に捜し回る。
そんな状況でも、母親は「あきれた子ね、勝手に面白がっているだけよ」と本気にしない。

ラストで、父親と“にんじん”は、心を通い合わせ理解し合う。
そのラストの明るい笑顔が感動的だが、“にんじん”と母親や兄姉の関係に思いを致すと、観ているこちらはなんともやりきれない気分がちらつく。
母親は、上二人の子は愛しているので、本質的には子供嫌いでないはずである。
夫との冷えた関係の腹いせとして、矛先を“にんじん”にぶつけているとしか考えられない。
どうも、夫婦のその修復の様子がみえないだけに、観終わっても「“にんじん”よ、くじけないでこれからも頑張れ」と、単純に声援を送れないのが寂しい。

デュヴィヴィエは、ジュール・ルナール原作の「にんじん」が余程気に入っていたらしく、サイレント時代(1925年)にも映画にし、これが二度目である。
本人にとって、思い入れ深い作品だという。
もっともこれは、本人だけでなく誰が観ても傑作のうち、と言うのが正解だと思う。


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