『女猫』(アンリ・ドコアン監督、1958年)をまた観てみる。
1943年のパリ。時はドイツ軍の占領下。
12月のある日、通信傍受したドイツ軍は、レジスタンスの技師ジャンのアパルトマンを襲撃する。
ジャンは窓枠の外に逃げたが、力尽きて墜落してしまう。
隊長のもとに逃げた妻のコーラは、夫のために、レジスタンスの一員として抵抗運動に加わる決心をする。
クリスマスの日、ドイツ軍のロケット設計図を盗む計画に成功したコーラは、その夜、バー“セレクト”でスイスの新聞記者ベルナールと知りあう。
実は、そのベルナールはドイツ軍の将校なのである。
休暇中の彼は、ロシア戦線に出発する前日にミュラー大尉を訪ね、そこでコーラの似顔絵をみる。
そこにある似顔絵は、「猫のような眼」の顔。
ミュラーは、盗まれた設計図のことでコーラを探していた。
ベルナールから彼女のことを聞いたミュラーの上司は、「ロシアの出発は中止し、コーラと交際して組織に潜入せよ」と命令する・・・
物語は、よくある戦時下のメロドラマ。
男がドイツ人で、女はフランス人。そして、その女はレジスタンスである。
ベルナールはコーラを一目見た時から好きになる。
それもそのはず、コーラは“フランソワーズ・アルヌール”
彼女に近づいて組織に潜入せよと言われるベルナール。
レジスタンスの組織が解明できたらコーラだけは助けてやる、と条件をもらいながら苦しむベルナール。
コーラの方は、ベルナールの正体に気づいた隊長から彼を殺すよう命じられる。
敵は憎いが相手の恋人は恋しい、そのジレンマが痛いほど身に染みる。
戦争としての背景はメロドラマ的に多少甘かったりするが、その時代の雰囲気は十分に出ている。
捕まったコーラが仲間を密告するよう強要されても口を割らない、その信念。
しかし、コーラ自身が言わなくても、捕まり処刑の運命にあるレジスタンスの仲間。
釈放されたコーラの歩いていくその姿が痛々しく、その後の結末がなんとも悲しい。
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