花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

牧野富太郎著「花物語」│あらためて燕子花

2018-06-16 | アート・文化


日本の植物学の父、近代植物分類学の権威である牧野富太郎博士は、著書『花物語』の《そうじゃない植物三つ》の章で、本邦で旧くからカキツバタに「燕子花」を充てることが誤りであること、その根拠を「燕子花の正体は実は飛燕草属のDelphinium grandiflorum L. var. chinense Fisch.であるからである。」と示された。デルフィニウム属はキンポウゲ科の属の一つで、和名がオオヒエンソウ属(大飛燕草属)である。この章では他に「紫陽花はアジサイでない」、「馬鈴薯はジャガイモではない」の記述もある。自らその御言葉で「謬見僻説を打破し粉砕せねばならない」と述べられた例のひとつとして、「燕子花」の件は他の章でも繰り返し言及なさっている。本書は我々一般の門外漢を対象に平易に語られている。以下は、生涯、日本の山野に生ふる草木を愛し、学究として真摯で厳格な姿勢を貫かれた牧野先生の語録の一端である。

「私はいろいろの間違ったことが殊に気になる性分で、学問上での事実の誤謬にいたっては決して雲煙過眼視せずに必ず訂さにゃ止まない慨がある。(中略)いつまでもその間違った名称に執着してヘチカンスを放言している昨非を改悛し得ない人は恥ずかしいということを知らん者だ。今その間違いを知りたい希望の御方にはいつでも快く御答えしましょう」(序, p8)

「植物に趣味をもてば次の三徳がある。
 第一に人間の本性がよくなる。野に山にわれらの周囲に咲き誇る草花を見れば、何人もあの優しい自然の美に打たれて心和やかになるであろう。
 第二に健康になる。植物に趣味を持って山野に植物をさがし求むれば、戸外の運動をするようになる。したがって健康が増進せられる。
 第三に人生に寂寞を感じない。世界中の人間がわれに背くとも、我が周囲にある草花は永遠の恋人としてわれに優しく笑みかけるであろう。」
(植物と人生, p86)

「学位や地位などには、私は何の執着をも感じておらぬ。ただ孜々として天性好きな研究をするのが、唯一の楽しみであり、またそれが生涯の目的でもある。」(受難の生涯を語る, p314)



参考資料:
牧野富太郎著:ちくま学芸文庫「花物語 続植物記」, 筑摩書房, 2010
牧野富太郎著:「原色牧野植物大圖鑑」続編, 北隆館, 1982