花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

映画「ハドソン・ホーク」とレオナルド・ダ・ヴィンチ

2019-07-15 | アート・文化


今年はルネサンスの巨匠Leonardo da Vinciの没後500年で、本国イタリアでは各地で展覧会が開催されるという記事が、先日の新聞朝刊に掲載されていた。1991年公開の映画「Hudson Hawk」の冒頭にダ・ヴィンチ(手術支援ロボットではなく)が登場する。鉛を青銅(銅と錫との合金)に変える為の器械が “una cosa molto piu preziosa del bronzo”を産み出した事実を知ったレオナルド・ダ・ヴィンチは、自作のスフォルツァ騎馬像、トリヴルツィオ手稿、ヘリコプター木製模型の中に、三分割した重要部品のcristallo(クリスタル)を秘匿する。この太陽光を収束して鉛を金へと変成する力を持つクリスタルはいわば「賢者の石(philosopher's stone)」である。一連のシーンには口元だけが白く描き残されたままの「La Gioconda」(モナ・リザ)が挟まれる。モデルの微笑とともにその理由が判明するのが御愛嬌である。

時代は下り、主人公ハドソン・ホーク(ブルース・ウィルス)は出所早々、世界制覇をたくらむメイフラワー夫妻一党に捕まり、相棒トミーとともにクリスタルが隠された三作品の強奪にかかわることになる。二人は“作業”に必要な時間を正確に計るために、各々の“作業”に応じた長さの歌を歌いながらとりかかるというその道のプロの技を見せる。長年の連携の中で互いに絶対の信を置く二人の軽妙洒脱な息合いは絶妙である。映画の結末を申せば、メイフラワー夫妻の飽くなき野望は空しく水泡に帰す。曲者のハドソン・ホークがすんなりと肝腎要の“賢者の石”を無傷で彼等に引き渡す訳がなく、黄金製造機は稼働し始めるやいなや大爆発を起こし、世紀の錬金術再現の試みは失敗に終わる。



ところで一攫千金を夢見た強欲な輩が飛びついたオカルト科学あるいは原始的化学などと、錬金術を貶め断罪すれば大きな過ちを犯すことになる。科学、医学、文化、芸術、哲学や宗教にわたる、多種多様で広範な領域における知的探求が錬金術の歴史と深くかかわっている。『レオナルド・ダ・ヴィンチ 生涯と芸術のすべて』は、レオナルド・ダ・ヴィンチ研究第一人者、池上英洋教授が本年上梓された決定版の重厚な本格評伝である。

「もともと完全なる金が分裂し劣化することによって現在の諸金属になったと考えるところから始まった錬金術は、周知のとおり、その過程を逆行し、諸金属をもとの「単一の状態」たる金へと戻すことを目的としていた。エジプトの冶金術に起源をもつこの術は、実現不可能だったこともあって、早い時期からやや求道的な真理探究や自己鍛錬へシフトしていった。(中略)
つまりアンドロギュヌス体を「原初の状態(=完全なる状態)」とする観点からすれば、諸金属を「原初の状態(=金)」へ戻そうとする錬金術作業を、分裂劣化して現在の状態にある人間にも適用できるのではないかと考えたのだ。そして完全体に戻った人間は、超人的で不老不死であるはずで、だからこそ当時の成功者たる王侯や貴族、大商人のなかに、進んでこの探求に援助を申し出る者がいたのである。」

(第二部 レオナルドの芸術と思想│錬金術とアンドロギュヌス---メディチ家の文化サークル│『レオナルド・ダ・ヴィンチ 生涯と芸術のすべて』, p460, 筑摩書房, 2019)