
彼は素人臭くおづおづと引くやうなことがなかったのはもちろん、職人のやうに一分の乱れもなく精確に引かうとは、決してしなかった。一瞬息をつめ、力をこめてためらはず、一気に切つた。ときに歪んだりすることは、もとより意に介しない。
そこに、とらはれぬ活きた線が生まれた。自然なリズムがあつた。時として稚拙とさへ見まがふやうなところがありながら、あやまたず雅致を生み、芸術たることを示してゐた。
想へば、それは彼の書における線の引き方に、源を発し、基盤をもつてゐた。彼の篆刻・扁額に通じ、絵に通じ、料理における包丁の入れ方にも通じてゐた、といへよう。
(白崎秀雄著:「新版 北大路魯山人 下」, p200, 新潮社, 1985)