秋の夜の会話 草野新平
さむいね。
ああさむいね。
虫がないてるね。
ああ虫がないてるね。
もうすぐ土の中だね。
土の中はいやだね。
痩せたね。
君もずいぶん痩せたね。
どこがこんなに切ないんだらうね。
腹だらうかね。
腹とったら死ぬだらうね。
死にたかあないね。
さむいね。
ああ虫がないてるね。
(「金子光晴 草野新平」, p188)
「つまり東洋では何よりも先づ「人」を見る。何の能があるかといふことは二の次に見る。人材の要請でだんだんさう云ってゐられなくなって、一應西洋流になるかと思はれるが、その「人」の中心とする所は即ち腹で、腹を精神的に云へば肚でもある。」
(布袋とヴヰーナス│「東洋の道と美」, p28)
「最後の第六は「腹中書」である。腹の中に書がある。頭の中に書があるのではだめ、それは単なる知識にすぎない。往々にしてディレッタントたるにすぎず、時には人間を薄っぺらにし、不具にする。知は腹に納まり、血となり、肉となって、生きた人格を造り、賢明なる行動となる。
(六中観│安岡正篤著:「新憂楽志」, p201-202)
〇肚(ト、はら):「〔広雅、釈親〕に「胃、之を肚と謂ふ」とあり、〔初学記、十九〕に引く劉向〔列女伝、斉金離春〕に「凹頭深目、長肚大節」とあって、大きな腹部をいう。」(「字通」, p1182)
〇腹(フク、はら、だく、こころ):「复は量器で、器腹の大きなもの。ゆえに盈満の意がある。〔説文〕に「厚きなり」とあり、腹部の多肉の意とする。〔礼記、月令〕「水澤腹堅なり」の〔注〕に「厚きなり」としている。」(「字通」, p1384)
「心炎意火を收めて丹田及び足心の間におかば、胸膈自然に清涼にして一點の計較思想なく、一滴の識浪情浪なけん。」 (「夜船閑話」, p131)
*計較思想(けきょうしそう):思慮分別
識浪情浪(しきろうじょうは):迷妄、誤った考えに迷い揺れること
「又、白隠和尚曰く、我つねに心おして腔子の中に充たしむ。(中略)是蓋し素問に云ゆる恬澹虚無なれば、眞氣是にしたがふ、精神内に守らば、病何れより來らむ、と云ふ語に本づき玉ふ者ならむか。且つ夫れ内に守るの要、元氣おして一身の中に充塞せしめ、三百六十の骨節、八萬四千の毛竅、一豪髪ばかりも欠缺の處なからしめん事を要す。是生を養ふ至要なる事を知るべし。」(「夜船閑話」, p135-136)
*腔子(こうし):体の中,肚の意
参考資料:
安東次男, 山本太郎編:日本詩人全集24「金子光晴 草野新平」, 新潮社, 1967
長與善郎著:「東洋の道と美」, 聖紀書房, 1943
安岡正篤著:「新憂楽志」, 明徳出版社, 1997
白川靜著:「字通」, 平凡社, 1996
芳澤勝弘訳注:白隠禅師法語全集第四冊「夜船閑話」, 禅文化研究所, 2000
田代華編:「黄帝内経素問」, 人民衛生出版社, 2005