レンコンばかり食べていたお正月があった。
東京でひとりだった。
九州まで帰省するお金がないので、年末にアルバイトをしていた。暮れの31日に出社する社員などいない。それでアルバイトのぼくが残った仕事をやらされた。地図をたよりに、一日中電車で東京のあちこちを駆け回った。
夜、解放されて、お正月休日の食料を買い込まなければとデパートに寄ったが、どこも食品売場は売り切れ。かろうじて、酢レンコンが1袋だけ売れ残っていたのを買った。
食べるものはそれだけしかなかった。
お正月でも食堂の1軒くらいは開いているだろう、などとは甘い考えだった。
まだ武蔵野の林や藁屋根の農家が残っているような、東京のはずれに間借りしていた。たった1軒あった近所のソバ屋も、お正月はしっかり休んでいた。
空腹になると酢レンコンをかじった。というより始終飢えていた。それでも酢レンコンはまずかった。
酢の物では飢えはしのげない。反って酢の刺激で飢えが助長されて、食の妄想は募るばかりだった。頭の中は食べ物のことでいっぱいになった。
東京は人間がいなくなったようにひっそりしていた。友人たちはみんな帰省し、東京には頼る親戚もなかった。
食べ物を探して歩きまわったが、どの店もしっかり扉を閉じていた。まだコンビニもスーパーもない時代だった。もちろんスマホもパソコンもなく、ネットで食堂を検索することなど考えも及ばないことだった。
ひとりきりの三が日、とりとめのない妄想の行き着くところは、空しさと滑稽さしかなかった。ああ、レンコンと心中か。そんな言葉しか出てこなかった。
もはやレンコンが食べ物かどうかも分からなくなった。やけくそ気味になって、薄っぺらくて白いレンコンを宙にかざしてみた。
レンコンの小さな穴の中に、いくつも小さな空があった。ふだんは寝ぼけたような東京の空が、レンコンを青く染めそうなほど真っ青だった。
東京にも空があったのだと思った。
レンコンの穴のひとつひとつに、しっかり空が詰まっていた。食べたくなるような美しい空だった。
東京でひとりだった。
九州まで帰省するお金がないので、年末にアルバイトをしていた。暮れの31日に出社する社員などいない。それでアルバイトのぼくが残った仕事をやらされた。地図をたよりに、一日中電車で東京のあちこちを駆け回った。
夜、解放されて、お正月休日の食料を買い込まなければとデパートに寄ったが、どこも食品売場は売り切れ。かろうじて、酢レンコンが1袋だけ売れ残っていたのを買った。
食べるものはそれだけしかなかった。
お正月でも食堂の1軒くらいは開いているだろう、などとは甘い考えだった。
まだ武蔵野の林や藁屋根の農家が残っているような、東京のはずれに間借りしていた。たった1軒あった近所のソバ屋も、お正月はしっかり休んでいた。
空腹になると酢レンコンをかじった。というより始終飢えていた。それでも酢レンコンはまずかった。
酢の物では飢えはしのげない。反って酢の刺激で飢えが助長されて、食の妄想は募るばかりだった。頭の中は食べ物のことでいっぱいになった。
東京は人間がいなくなったようにひっそりしていた。友人たちはみんな帰省し、東京には頼る親戚もなかった。
食べ物を探して歩きまわったが、どの店もしっかり扉を閉じていた。まだコンビニもスーパーもない時代だった。もちろんスマホもパソコンもなく、ネットで食堂を検索することなど考えも及ばないことだった。
ひとりきりの三が日、とりとめのない妄想の行き着くところは、空しさと滑稽さしかなかった。ああ、レンコンと心中か。そんな言葉しか出てこなかった。
もはやレンコンが食べ物かどうかも分からなくなった。やけくそ気味になって、薄っぺらくて白いレンコンを宙にかざしてみた。
レンコンの小さな穴の中に、いくつも小さな空があった。ふだんは寝ぼけたような東京の空が、レンコンを青く染めそうなほど真っ青だった。
東京にも空があったのだと思った。
レンコンの穴のひとつひとつに、しっかり空が詰まっていた。食べたくなるような美しい空だった。
yo-yoさんの一年がまた始まった気がして何だかホッ。
1年前の記事とダブってましたね。
季節の記憶が繰り返してしまうというか、古い記録を手直ししたものですが、読み返すとほとんど同じでしたね。
表現に少しだけ違いがあって、それが感覚の進歩か退化か微妙なところでしょうか。酸っぱい1年の始まりです。