紅葉した桜の葉っぱが、カメの頭をかすめて落ちた。カメは思わず頭を引っ込めようとして身ぶるいする。
だんだん食欲がなくなってきたみたい。
体が妙に気だるいし、背中の甲羅も重い。
もう水を掻くのもおっくうだ。
やがて、水面に落ちた枯葉と一緒に、カメは一匹ずつため池の底に沈んでいく。中には寝つきの悪いカメもいて、いつまでも水面で頑張っていたが、ついには、その宵っ張りカメも深い眠りに落ちていく。
カメは水温が20℃を切ると食欲が落ちる。そうして少しずつ腸を空にしていく。やがて水温が10℃以下になると冬眠に入るという。カメの冬眠行動は水温に支配されているのだ。
飼育されているカメは、水温が下がらないように保温管理をすると、冬眠をしない。幼いカメなどを無理に冬眠させると、そのまま死んでしまうこともあるらしいから、冬眠というのは危険な選択でもあるのかもしれない。
池の底で、石ころのようになって眠っている無数のカメの姿を、ぼくは想像する。
甲羅には少しずつ泥がかぶさっていく。池の底もカメも見分けがつかなくなる頃、カメは深い眠りの中にある。まさに、泥のように眠る、のだ。
ひとは冬眠しない。だが、ときには深く眠りたいと思うこともある。
現代人は浅く短い眠りが習慣となり、いつのまにか、本当の眠りを忘れてしまっているといわれる。
特にいまは、コロナ禍で厳しくつらい冬の季節を生きるよりも、思い切って冬眠が出来たら、心身ともにリフレッシュできて、新しい生活の展開もあるかもしれない、と思ったりする。
だが、人間はカメにはなれない。
カメは冬の季節を知らない。
カメは眠っている間に、秋からいきなり春を迎える。水温が上がり体が温められると、徐々に生命の感覚が戻ってくるのだろう。
目覚めたカメは、甲羅に積もった泥を振り払いながら、ゆっくり水面に浮き上がっていく。頭上に少しずつ明るい世界が下りてくる。そして、突如、水の幕が裂けて青空がひろがる。
それは、どんな新しい朝だろうか。どんな再生の春だろうか。
そうやって、カメは万年生きるんかな。