きょうも終わったと思う、夜は一日の終わり。
爪を切る。
切るたびに頭に浮かぶ言葉がある。
「夜に爪を切ったら親の死に目に会えない」と。
すこしためらいがあり、すこしほっとする。
もはや両親とも、この世には居なかったのだ、と。
親父は夜中に眠ったまま、誰にも気づかれずに死んだ。
おふくろの死は、会いに行く途中で、フェリーを降りたところで知らされた。
だから、どちらの死にも立ちあうことはできなかった。
いつも夜に爪を切っていたからか。
いまも爪を切りながら、親のことが頭をかすめる。
ずっとのちに田舎の家で、親父の遺品から爪切りを見つけたので、爪を切ろうとしたら、ぽとりとこぼれたものがある。
大きな爪の欠片だった。
生前の親父の爪にちがいなかった。
親父が切った、たぶん最後の爪がそこにあったのだ。
そのときも夜だったけれど、夜だったのでことさらに、久しぶりに親父に会ったみたいだった。
やはり夜爪を切ってはいけないと。
つづく言葉は知りませんでした。
だから、そんなの、迷信よと、夜平気で爪を切っていました。
私も、両親とも会えませんでした。
タイミングよく帰郷できなかったことを、よく思い出します。
「休みのない海」から来ました。
コメントありがとうございます。
爪と親の死とが繋がっているのも
なぜか不思議ですね。
子どもの頃は親に爪を切ってもらったものでしたが、
そんな記憶とも繋がっているのでしょうか。
「休みのない海」
すてきなブログネームですね。