詩歌探究社 蓮 (SHIIKATANKYUSYA HASU)

詩歌探究社「蓮」は短歌を中心とした文学を探究してゆきます。

ゴッテゴテ。

2022-10-29 11:31:52 | 千駄記

工場の屋上の蜜蜂。

屋上の主(あるじ)は死すも花花はおのずとひらく飛ぶ虫のため   「晴詠」12号「枯れない花」31首より

 

 

 

10/29(土) 秋晴れ

 

おい!出かけろと言われている気がするほどいいお天気で。

ぼくは悲しいよ。工場に来てしまいました。

工場の屋上の蜜蜂2。

 

 

先の記事で、王紅花の「夏暦(かれき)」と佐藤よしみの「帆」を紹介しました。

 

王紅花「夏暦(かれき)」と佐藤よしみの「帆」、真似できぬ瀟洒なる生き方

 

昨年の「十月」155号に発表したわがうた。

個人誌発行者としても歌人としても追いかける立場の私。

わが個人誌「晴詠」は<瀟洒>とはかけ離れたゴッテゴテ。

 

さて、ネットニュースに

「入店お断り」ラーメン1杯を2人でシェア ルール違反なぜ起きる?」との見出し。

 

事の次第は、

10/22、茨城県水戸市にある中華そば「いっけんめ」が公式ツイッターに

「お客様へ 今後、食べない方の入店はお断りします」と書いたそうです。

 店主によると、午前9時半ごろ、若い女性2人組が来店。

1人はラーメン大盛りと焼きおにぎりを注文したが、もう1人は

「他で食べてきたからいらない」と何も注文しなかったそうです。

 しかし、ふと女性たちに目を向けると、2人でラーメンを食べていた・・・

とのことです。

女性二人組の内の一人は<ラーメン大盛りと焼きおにぎりを注文>している。

しかも午前九時半。混んでる時間じゃあるまいし。

ま、考えは人それぞれですけども、私が思うのは

ツイッターに訴えるんじゃなくて、その客本人達に言えよってこと。

客がそうした行為に及んでいるのをこっそり監視して、

本人達にはなにも言わずに成行きをツイッターに書き込むって・・・。

その当事者じゃなく世間に訴える‥ってイヤな世の中です。

誰もがその店のツイートを読んでいると思うなよ。

工場の屋上に咲いていた花。

コスモスに似てるけどコスモス?

 

 

 

おしまい。

 

 

 

 


王 紅花「夏暦」56号

2022-10-29 10:11:13 | 短歌情報

王 紅花「夏暦」56号 令和4/10/20発行

 

「池のほとり」30首より、紹介します。

冬はスケート場となる池霧閉ざす水辺に十脚の椅子

赤きドレスに赤きターバン巻く女赤はさびしき色にあらずや

きみの双眼鏡持ち歩きゐしが壊れ遺品を一つ捨てよとごとく

わたくしは間違つてないわよねえ修さん、歌に一生(ひとよ)を過ごしたること

 

2首目:下句が印象に残る。気づきのうたと思う。

3首目:この下句のような表現を見たことがない。

4首目:<修さん>とは故松平修文。亡き夫に呼びかける絶唱である。

 

 

 

 

 


佐藤よしみ「帆」32号

2022-10-29 09:16:00 | 短歌情報

佐藤よしみ「帆」32号 2022/10/27発行

 

 

「移ろい」30首より紹介します。

手つかずのアイスコーヒー水滴がこらえきれずに流れはじめる

手紙には常に時候の挨拶と自愛せよとの結びの語あり

生きるとはすべてひとりの闘いと思えばぬるき晩秋の風

レコードが同じところで滞るあの日傷つけあいしところで

 

1首目:<水滴がこらえきれずに>と擬人法。擬人法を使うと

並みの歌なら幼稚になるがこれは次元が違う。

2首目:下句に印象的な気づき。

3首目:「人生は自分との闘いである」と大学時代の恩師に色紙を戴いたことを思い出す。

もはや慣用句的な言葉だが発する人によって言葉の重みは増す。

4首目:私はこういう世界が好きなのである。