詩歌探究社 蓮 (SHIIKATANKYUSYA HASU)

詩歌探究社「蓮」は短歌を中心とした文学を探究してゆきます。

『男の詩集』 寺山修司編

2024-10-05 10:00:32 | 詩歌採集 番外編 

『男の詩集』 寺山修司編  

雪華社 1966/9/15初版発行

 

同人誌「開放区」時代からお世話になっている先輩歌人から頂戴したもの。

わが本棚に既に一冊並んでいるのだが、ボクの寺山好きを思って

送ってくださったのだ。お気持ち痛み入る。

彼女の弟さんが寺山の大ファンでいろいろの資料を集めていたという。

その弟さんが行方不明になっていることをずいぶん前に聞いたことがあった。

 

あらためて読み返して思い出したことを簡単に書く。

わが孤人誌「晴詠」の初期の頃に描いた記憶があることを。

 

この本には寺山が好んだであろう詩がたくさん収められている。

塚本邦雄の『水葬物語』や、春日井建の『未青年』からも数首抽かれていたり、

藤村の「初恋」や白秋の「たんぽぽ」や吉岡実の「僧侶」や。

ボクが注目したのは大江満雄の「古い機織部屋」であった。

 

ふりむくとき

古い機織部屋が見える。

 (あれは、おかあさんの機織部屋。)

ふりむくとき

機を織る音がきこえる。(中略)

ふりむくな ふりむくな

無量の愛をうちにしたときに 別れを告げよう。

(わたしたちは前へ すすまなければならないから。)

 

寺山の詩の一節を思い出さない人はいないだろう。

ふりむくと

一人の少年工が立っている

彼はハイセイコーが勝つたび

うれしくて

カレーライスを三杯も食べた(中略)

 

ふりむくな

ふりむくな

うしろには夢がない

ハイセイコーがいなくなっても

すべてのレースは終わるわけじゃない(後略)

 

名馬ハイセイコーと田舎から都会に出てきた無名の人たちを描いた長編詩。

ボクはむかし書写するほどに愛した詩である。

特に「ふりむくな ふりむくな うしろには夢がない」は、

ボクに刻み込まれたフレーズであった。

寺山の言葉としてあまりにも知られているこのフレーズの

根底に大江満雄の「古い機織部屋」があったことをボクはこの

『男の詩集』で知ったのだった。

 

塚本に「すべての短歌は本歌取りである」という言葉があるとか。

そういうものなのだなと感心もした。

寺山修司は地方競馬から現れた怪物ハイセイコーと自らを

重ね合わせていた。多くのファンたちと同じように。

 

寺山は1983年5月4日に47歳の若さで亡くなり、ハイセイコーは

2000年5月4日に長寿を全うしてこの世を去った。

 

寺山とハイセイコーとの縁とは忌日を同じくしたところまで 『解体心書』石川幸雄

 

 

*雪華社からは『女の詩集』新川和江編も出ていた。

女は

それ自身一行の詩である

日本の現代女流詩人による

愛のうた

かなしみのうた

怒りのうた

そして、あなたのうた

 

 

 

 

 


詩歌採集 番外編 その2 ボードレール

2016-03-17 18:07:01 | 詩歌採集 番外編 


photo Tomoyo Itoda


      1
   
   アベルの族よ、眠れ、飲め且つ、食へ、
   神、にこやかに、そなたを見給ふ。
   
   カインの族よ、泥の中這ひまわり
   さては惨めに死んで行け。
   
   アベルの族よ、そなたの供物は、
   熾天使様のお気に召す!
   
   カインの族よ、そなたの辛さに
   何時かは果があるのだらうか?
   
   アベルの族よ、そなたの畑と
   家畜の栄えを見るがよい、
   
   カインの族よ、そなたの五臓が吠え立てる、
   飢ゑた老いぼれ犬ほどに、
   
   アベルの族よ、腹あぶりでもするがよい
   旦那めかした爐のそばで、
   
   カインの族よ、洞窟の奥で
   寒さに顫へてゐるがよい、可哀想な金狼よ!
   
   アベルの族よ、愛せよ、殖えよ、
   そなたの金も子を生むぞ。
   
   カインの族よ、烈火の心よ、
   空おそろしい大望に用心なさい。
   
   アベルの族よ、そなたは殖える、
   食ひあらす、木虱そつくり!
   
   カインの族よ、泣きわめく
   妻子ひき連れ路頭に迷へ。
   
      2
   
   おお!アベルの族よ、そなたは腐肉となつてまで
   湯気立つ大地を肥やす筈!
   
   カインの族よ、そなたの労苦は
   まだ盡きぬ、
   
   アベルの族よ、剣が槍に敗れたぞ、
   そなたのこれが恥だつた!
   
   カインの族よ、天へと昇れ、
   さて地へと神を抛げうて!

     
    
      (「アベルとカイン」ボードレール・堀口大學訳)



詩歌採集 番外編 その1 中原中也

2016-03-04 13:58:37 | 詩歌採集 番外編 




猫が鳴いてゐた、みんなが寝静まると、
隣の空き地で、そこの暗がりで、
まこと緊密でゆつたりと細い声で、
ゆつたりと細い声で闇の中で鳴いてゐた。

あのやうにゆつたりと今宵一夜(ひとよ)を
鳴いて明(あか)さうといふのであれば
さぞや緊密な心を抱いて
猫は存在してゐるのであらう……

あのやうに悲しげに憧れに充ちて
今宵ああして鳴いてゐるのであれば
なんだか私の生きてゐるといふことも
まんざら無意味ではなささうに思へる……

猫は空地の雑草の蔭で、
多分は石ころを足に感じ
その冷たさを足に感じ、
霧の降る夜を鳴いてゐたーーーーー

   
   (中原中也「曇った秋」より)