先日隣の仏壇の引き出しを、初めて開けてみた。すると古い表紙も無く
なったぼろぼろの冊子が出てきた。

この地の村誌だ。沿革史は2257年元和元年から始まっている。
洪水被害がやはり多く驚く。
大友氏時代には当地には多くのキリシタンが居て弾圧が厳しくなり、
年に560人もの命が奪われた年も有ると書いている。多分
この周辺の人達は何代も前はキリシタンの人が多かったと推定される。

大正6年に書かれている。この地出身の法学博士。
これで推察すると、大正六年7年にまとめられた物だろう。

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それから居間にあった書類を片付けようとしたら、懐かしい切抜きが
出てきた。大好きな祖母の100才記念に、助役さんがお祝いに
駆けつけて下さった時の新聞記事。

それと一緒にあった色々書いたもの。祖母は耳が遠かったので、
広告などの裏に書いてコミュニケーションを取っていた。
父母の字や私や妹の字で大きくマジックで書いている。
お祝いに近所の老人会から薩摩紅梅を頂いた。植木屋さんが
来るよ。とか、お祝いに来て下さった方々に配る、お湯呑みを
100個注文しているよ。とか・・・・・・。懐かしい!!

沢山の方がお祝いに駆けつけて下さった。祖母は足腰も頭も全て
しっかりしていて、昔習った花暦や歌なども披露した。
そして次の年、101才の誕生日の翌日眠るように無くなった。
生き方が全てボランティアみたいな人だった。私利私欲は一切なく
困っている人をいつも助けていた。(大きな事ではない)祖母の
ような生き方をしたいが、とても真似はできないと思っている。
結局又捨てる事ができずに・・・・・・。片づけが進まないはずだ。
でも、これらはみんな私にプレゼントだろう。きっと何か意味が
有るのだろう。私にと言う事が有り難い。無駄に出来ない。