まあどうにかなるさ

日記やコラム、創作、写真などをほぼ週刊でアップしています。

東電OL殺人事件

2011-11-17 19:44:00 | 書評
先日、久米宏のラジオ番組にノンフィクションライターの巨匠、佐野眞一氏が出演していた。番組で話題になったのは、新作の『津波と原発』ではなく、10年以上前に発表された『東電OL殺人事件』だった。
その事件は衝撃的だった。
東電の美人OLが渋谷のアパートで遺体で発見された。彼女は夜は売春婦という別の顔をもっていたため、当時、マスコミで大々的に取り上げられていた。
図書館の蔵書を検索すると、近所の分館にあることがわかり、早速借りてきた。
事件があったのは1997年3月、渋谷円山町のアパートの一室で渡邊泰子、当時39歳の遺体が発見された。首を締められたと見られ、死後10日以上経っていた。
彼女は慶應大学経済学部を優秀な成績で卒業し、東電初の女性総合職として入社したエリートである。
事件のあった円山町はラブホテル街として知られている。奥飛騨のダムに沈んだ村の人々がその補償金を元に旅館を始めたのが、いつの間にかラブホテル街になっていった。
久米宏は番組の前に実際に事件のあったアパートに足を運んでいる。驚いたことにアパートは当時のままだろうと思われる古びた姿を残していたそうである。
泰子は殺害される4年ほど前からこの街で毎晩、客引きを行っていた。東電の仕事が終わると会社のある新橋から銀座線に乗り、渋谷で降りる。道玄坂の入口にある109のトイレで夜の化粧を施し、着替えをしてから円山町に立つ。そこで通りがかる男に声をかけ、必ず一晩4人の客を取るという凄まじいノルマを自らに課していた。
その後、終電に乗り、円山町の最寄駅である井の頭線神泉駅から同じ沿線の西永福で降り、母親と妹の待つ家に帰宅した。
休日は日中五反田のテレクラで客を取り、夜は円山町に立つという生活を繰り返していた。
何故、彼女がそんな事をしていたのかは今でも解らない。
ただ、当時管理職だった彼女の年収は一千万近くあり、金に困っていたのではなかっただろうと思われる。
そこには堕落とか、変身願望などといった言葉では片付けられない凄みを感じさせる。
東電の政治献金に絡む裏金に彼女が穴を開けてしまい、その穴埋めのためだという報道もあったが、佐野氏はその話しは否定している。
やがてゴビンダというネパール人が容疑者として逮捕される。ゴビンダは金に困っており、泰子と行為の後、彼女を絞殺し、バッグから現金4万円ほどを奪ったとされた。だが、佐野氏によると彼は冤罪だという。
ゴビンダは一審でこそ無罪判決が言い渡されたが、その後の控訴審、さらには最高裁の判決により有罪判決を言い渡され、無期懲役の刑が確定した。
公判中、検察側に決め手になる証拠の提出はなく、状況証拠のみであり、ゴビンダは一貫して犯行を否認している。
泰子が殺害されたアパートは、当時空き家だった。ゴビンダの姉が来日することになり、大家からゴビンダが鍵を借りていたが、その後姉の来日がなくなったにも関わらず鍵はなかなか返さなかった。空き家なのをいいことにゴビンダはこの部屋に泰子を招き入れたことがあるため、有力な容疑者とされた。
だが、ゴビンダは鍵を事件のあった日以前には返却しており、しかも鍵は開いたままだった。
鍵が開いている事を泰子が知っていれば、客を連れてそのアパートの部屋に入った可能性もある。
ゴビンダが仲間と住んでいた場所は殺害現場と隣接しており、犯人であれば死体のすぐ近くで10日以上も生活できるとはとても思えない。
事件のあった夜、泰子と客と思われる男女二人がアパートに入るところを目撃した人物がいるが、顔は見ていない。
佐野氏は、当時ゴビンダが働いていた幕張のインド料理店に実際に行き、仕事が終わる時間から円山町まで電車と徒歩で移動するが、目撃された時間までに現場に行くことはとても無理だと結論付けている。
そして、佐野氏はわざわざネパールまで行き、ゴビンダの家族や当時ゴビンダと共同生活していた男性数人に取材をしている。
彼らは不法滞在だったため、強制的に帰国させられていた。
ゴビンダも不法滞在で有罪になったが、その日のうちに強盗殺人の容疑で再逮捕されている。
ラジオで語られていたが、泰子の唇と乳首から唾液が発見されており、その唾液の血液型はゴビンダとは違うと言う。
だが、この証拠は裁判中は提出されなかった。
現在では出てきた証拠は必ず提出しなければならないが、当時は必ずしも証拠を裁判に提出しなければらないという事にはなっていなかったそうである。検察は意図的にこの証拠を提出しなかった事になる。
何故ゴビンダに有罪判決が下ったのか。
佐野氏の分析によると、日本はネパールに莫大なODAを実施しており、苦情などがこないだろうと考えられた事も一因ではないかとしている。
これもラジオで話されていたことだが、泰子が売春を繰り返していた頃、泰子はよく東電の会議室に入り、一人で居眠りをしていた。
その会議室にそっと入って行く男がいた。
彼は彼女を起こすわけではなく、ニヤニヤしながら泰子を見ていたという。
彼女が売春をしていることを知っていたと思われる。
彼は当時泰子の直属の上司、福島第一原発の事故で国民に謝罪した現東電会長その人である。
こんな話をラジオでしても大丈夫なのだろうか?
この話しは事前に佐野氏から聞いた内容として久米宏自身が話していた。
テレビより影響の少ないラジオであるという事、久米宏という大物キャスターであるという事、東電は広告を控えており、現時点でスポンサーでないという事、そういったパワーバランスの変化を考え、今しか言えないタイミングを狙った放送だったと思われる。
もし、ゴビンダが犯人でないとすれば、犯人は別にいることになる。
一見の客だったかもしれないが、そうではなかったかもしれない。
泰子は、手帳に客の名前や入ったホテル、金額などを克明につけていたそうである。その手帳は公開される事はなかったが、中には東電社員の名前もあったと言われている。
もしかしたら現東電会長も客の一人だった可能性もある。
泰子の父も、東電に勤めていた。父は泰子を溺愛し、泰子も父を心から慕っていた。父は泰子が二十歳の時に病のため他界する。重役の一歩手前だったと言われていた。
泰子は大学を卒業すると、父の元部下の紹介で自らも東電に入社する。配属されたのは企画部調査課。そこで彼女は経済の豊富な知識を活かした仕事を手掛けている。
泰子は研究所に出向になった事があり、その時にいくつか論文を発表している。いずれもハイレベルであり、彼女の優秀さを物語っているという。
泰子はあらゆる産業に不可欠な電気を作り出す会社に勤めている事を誇りにしていた。
佐野氏は泰子の母や妹に取材を試みるが、本人に断られたため、それは実現しなかった。
彼女が何故売春婦に滑落したのか、佐野氏は彼女がかつて拒食症になった事に注目し、本書の最後に精神科医への取材を行っている。
その中でインセストタブーを匂わせる記述がある。あるいはその事が泰子のトラウマになっていたのかもしれないが、今となっては薮の中である。
泰子はほの暗い闇に足を踏み入れたまま永久に抜け出ることはなかった。
闇の部分は日本の警察や東電をも包み込んでいるのかもしれない。
そして、その闇の中に足を取られたゴビンダは今も服役中である。


MASTERキートン

2011-11-07 19:10:07 | 書評
     
時々眠れない夜がある。
昨晩もなかなか寝付かれずにいた。
ふと、目覚まし時計を見ると、液晶の文字が消えている。
電池が切れている。
布団から出て、電池を取りに行く。
電池交換して、セットが終わると2時近く。すっかり目が醒めてしまった。
ここ数年、僕は一人で寝ている。
スタンドを点けて、ゴソゴソと漫画本を何冊か取り出した。
眠れない夜はよく漫画を読む。
長編だと途中で止められなくなるので、オムニバス形式がいい。
選んだ漫画は浦沢直樹著『Masterキートン』
20年ほど前の作品、全18巻
主人公は英国人の母と日本人の父をもつ平賀・キートン・太一。
かつて英国陸軍特殊空挺部隊に属しサバイバル術の教官をしていた経歴をもつが、今はロイズ保険の調査員をしている。
彼はオックスフォード大学出身の考古学者という一面も持ち、週に一度、日本の大学で講師として教鞭をとる。
歴史的な骨董品などに保険がかけられることが多く、真贋を見抜く目が要求される。
舞台は主に英国だが、依頼されるまま世界のあちらこちらで活躍する。
腕力はないけど、身につけた知識を武器に、幾多の危機をくぐり抜ける知性派ヒーロー。
砂漠に何人かで取り残される話しがあり、どうやって砂漠を脱出するのかが大変興味深い。
キートンのサバイバル術が活かされる。
意外にも、長袖のスーツは直射日光を避け通気性もよく、砂漠には合っている。
砂漠でも飲み水や食糧を確保する方法はあり、昼間は穴を掘って休み、夜移動する。
どれもなかなかよくできた話しで、何度読んでも面白い。
小一時間ほど読んだあと、再び布団にもぐりこみました。