中さん

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日記(2.7)

2022-02-07 17:42:31 | 日常
2月7日(月曜日)② 晴れ

今朝の一面
北京オリンピックでジャンプの小林選手が金メダルを獲得。

凄い選手がでてきたもんだ。ただ!
★読売時事川柳にあった。
 ウイグルに気兼ねしながら観る五輪
 まさに的をえたりで私も気分がその通り。
 私の個人的な気分は”中国・ロシアで開く五輪かな!”だ。
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 今朝早いうちに寒かったが
●杓子菜・ほうれん草・黄からし菜・ロマネスコなど
獲ってきた家内が配り役。
●コロナワクチン3回目の予約を2/21に取得。
 但し2/14が帯状疱疹ワクチン2回目の接種になっていたので
 多分2週間は開けた方がいい事らしく
 医院に出向いて確認してみたら時期変更が望ましいというので
 帯状疱疹ワクチンをずらして3/7ということになった!変更だ。
●近々花粉症の注射もあるので・・ワクチン接種時期が重なってくる。
 ★社会福祉協議会に行って担当の範囲の友愛事業の個々の課題を話し合ってくる。
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★あぶくま抄に 本屋さんの力というのがあった。
 インクの匂い、店員のセンスがにじむ平積み、
 「カバーおかけしますか?」の声。
 他人が選ぶ本が、ちょっぴり気になる。
 インターネット書店にはない、街の本屋さんのたたずまい。
 思いがけず出合えた良書が、人生を変えることもある。
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▼日本が西欧列強の植民地にならなかったのは、幕末に来日した外国人が、
 本屋で立ち読みしている町人たちを見て震撼[しんかん]したから-。
 数学者の藤原正彦さんは著書「本屋を守れ」で論じる。
 豊かな教養に驚き、こんな国は征服できないと諦めたという

▼国を守る砦[とりで]にもなった本屋さんだが、今やずいぶん減ってしまった。
 県内屈指の規模を誇る福島市南矢野目の書店も建物の賃貸借契約が終わる三月に閉店する。
 店内には、にこやかに絵本を広げる親子も多かった。
 知的好奇心を育む場所は皆、液晶画面の中に閉じ込められていくのだろうか
▼直木賞受賞が決まった今村翔吾さんは昨年十一月から大阪で書店を営む。
 「本で人生が変わった。恩返しをしたい」と廃業寸前の店を引き継いだ。
 未来に残すべきものを、必死で守る人がいる。
 国が地方活性化のためにと目指す「デジタル田園都市」にも、
 リアル書店の存在は欠かせない。
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デジタル田園都市国家構想は、2021年に岸田内閣の下で指導した構想。
「デジタルによる地域活性化を進め、さらには、地方から国全体へ、
 ボトムアップの成長を実現」することを目的とする。
「デジタル田園都市国家構想関連施策の全体像」という資料によれば、
 ①デジタル基盤の整備、
 ②デジタル人材の育成・確保、
 ③地方の課題を解決するためのデジタル実装、
 ④誰一人取り残されないための取組という、軸が示されている。
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良くわからないが・・うまくいくのであろうか?
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日記(2.7)

2022-02-07 13:56:46 | 日常
2月7日(月曜日)晴れ

北海道新聞の<卓上四季>人生を映す顔
自分の顔に自信を持っている人はどれほどいるだろうか。
かの文豪も生まれ持った顔には飽き足らなかったようだ
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「女が僕の容貌を見て、好(すき)だと思ふといふことは、一寸想像しにくい」
  森鴎外は自伝的小説「ヰタ・セクスアリス」で心情の一端を吐露している。

▼ただ周りにはこうも語った。「親から貰(もら)った顔のままではいけない。
 その顔を自分で作って行って立派なものにしなくてはならない」。

 娘の小堀杏奴(あんぬ)が自著「晩年の父」で振り返っている。
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▼今年は鴎外の没後100年。森鴎外記念館(東京)の特別展では、
 文豪の面影がどう変わっていったかが分かる。

 鴎外はドイツ留学で細菌学の権威コッホに学び、
 軍医として日露戦争の激戦地にも赴任した。
 青年期のあどけない顔が重圧で厳しい面構えに変わり、
離婚、再婚も経験する中でりりしく、優しさを漂わせていく。
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▼顔には人生の閲歴が刻まれている。それが本人の了承もなく、
 近年は街のあちこちで防犯などを名目に撮影されている。


 米国では監視カメラの映像と運転免許証の写真が照合され、誤認逮捕が起きた。
 国内では客の表情を読み取っている店もあるという。
 満足度を調べているのか。少々薄気味悪い

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▼欧米で規制の動きが先行していたが、政府も今年夏に新たなルールの方向性をまとめる。
 積み重ねた人生を映し出した顔は、まさしく個人情報だ。
 その保護に敏感でありたい。
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★森鴎外は、軍医、帝室博物館総長兼図書頭(ずしょのかみ)、
 小説家、評論家、翻訳家、本名、林太郎(りんたろう)、別号、観潮楼主人、千朶山房など。
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 文久2年1月19日、現在の津和野町町田に生まれました。

 明治5年上京、14年東京大学医学部卒業後、軍医の道を進みます。
 明治17年から21年までドイツヘ留学し、この西欧体験は鴎外の教養と見識を深め、
 帰国後医学界、文学界の改新のために発言していきます。

 明治20年代の封建的風土や土壌の中で、鴎外の発言は衝突せざるをえません
 しかし、啓蒙的改革こそ、西欧を見てきた知識人の責務であると考えます。
 特に「即興詩人」の翻訳は鴎外の名声を高めます。
 日清戦争に従軍。32年小倉へ転勤を命ぜられ、35年までこの地で過ごします。
 鴎外にとって不本意な転勤でしたが、この地で自己修養につとめ、やがて東京の第一師団に戻り、
 日露戦争に従軍することになります。
 40年軍医総監陸軍省医務局長に就任し、
 軍医としで最高の地位(中将宮相当)官につきます。
 42年雑誌「スバル」の創刊を契機に再び創作活動が活発になり、
 いわゆる豊熟の時代を迎えます。

 「半日」「ヰタ・セクスアリス」「雁」「青年」等を発表し、
  小説家として漱石とともに明治文壇に確固たる地位を築きます。
  若き日の結婚、 離婚を経て、小倉時代に再婚します。
  子供たちに限りない愛情をそそぎながらも、
  母と妻との衝突に悩みつつも一家の団欒 のために誠実に対処していく鴎外。
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 一方、医務局長として、組織や人事面でも問題を抱えつつ、
 時には、にがにがしい思いもしている鴎外。鴎外はこのように〈私〉と〈公〉のみならず、
 作家と軍医という二つの人生を生きていきます。
 そのことは個と組織伝統と革新、西欧と日本という様々な問題の中に
 身をおくことになります。
 明治天皇崩 御、乃木殉死を契機に歴史小説の世界を拓き、
 晩年には史伝文学という新しい分野を開いていきます。
 死に及んで「石見人森 林太郎トシテ死セント欲ス」という遺言を残して、
 大正11年7月9日に永眠しました。 享年60歳。
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 鴎外の本で一番先に読んだのは”高瀬舟”であった。
 軍医だったとかは全く知らなかった。
★若いころ、萩・津和野の旅に出たとき、鴎外の旧家を訪ねた。
 鯉や鮒が溢れる様に泳いでいる津和野川の橋を渡ってすぐであった。
 時期はつわぶきがこぼれる様にまっ黄色に咲いていた頃で、静かで穏やかな場所で
 ほっこりした。

 最も”つわぶきの野”と言われていたのが津和野になったとか。
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