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日記(3.15)コラム

2019-03-15 08:58:43 | 日常
3月15日 (金曜日)   晴れ

朝はまだ気温が低く寒い!

高知の記事に
1970年3月14日、大阪万博の開会式が行われた。
半年間に6400万人以上を集める大成功に導いた立役者の一人が、
当時の通商産業省(現経済産業省)の官僚だった作家の堺屋太一さん。
先月、83歳で亡くなった。
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構想の段階では、
東京側から「田舎の催し」と冷ややかな見方もあった大阪万博。
大衆の「夢を」膨らませるために、堺屋さんは一計を案じた。
お手本にしたのは関ケ原の戦いの武将、石田三成。
 
敵の徳川家康に比べ豊臣政権では位の低い三成は、
世のうわさを最大限に利用した。
徳川の専横を苦々しく思っている仮想の「反徳川勢力」が分厚く存在するかに見せて、
「迷える大名」たちを自らの陣営に取り込んだ。
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いわば「火のないところに煙を立てる」戦術だと、
堺屋さんは著書「地上最大の行事 万国博覧会」で語っている。

大阪から立てた万博の煙は東京にも飛び火し、
やがて当時の佐藤栄作首相を乗り気にさせた。
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先の著書には、会場の大屋根を設計した丹下健三さんと
「太陽の塔」を造った岡本太郎さんとの間で意見が対立、
 取っ組み合いのけんかになった逸話もある。


 高度成長期の真っただ中。
 熱い時代のエネルギーとレジャーブームの波が、
 万博を成功させたのだろう。

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★今の日本は経済の先行きが不透明な中、
 来年に東京五輪、
 その5年後には大阪万博を控える。

 火のないところに煙は立っているのか、
 地方からは見えない。
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★低成長の時期が続き・・年を経たためか個人的には・・
 この世界的イベントに心が沸き立たずにいる。
 何もかも忘れて、あることに夢中になれる人がうらやましい。
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1 コメント

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Unknown (Unknown)
2019-03-15 13:19:54
https://blog.goo.ne.jp/kumagaya001/e/2c34c501ae9dd32146aa375936c59f2f#comment-list

過去の記事の画像として貼り付けられている画像の削除依頼です。
作家の西沢さんとは無関係の学生の画像を記載するのをやめていただけないでしょうか?

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