tnlabo’s blog   「付加価値」概念を基本に経済、経営、労働、環境等についての論評

人間が住む地球環境を、より豊かでより快適なものにするために付加価値をどう創りどう使うか。

金利のある経済状態に早く慣れよう

2024年05月27日 15時31分48秒 | 経済

日銀のバランスシート圧縮の動きが具体化し、国債購入の減額に動き出した様子から10年物国債期の金利が1%に載せてきました。

植田総裁は大変慎重に、国際投機資本の動きをみながら適切な範囲で政策の選択をしている様で為替レートは現状、過度の円安を止めた程度の動きのようです。今後も日銀の微妙なかじ取りに期待したいところです。

ところで今の日本人や日本企業の経済行動はアベノミクス以来の10年来のゼロ金利が前提になってしまっているようです。

これからいよいよ借金をすれば金利がかかり、貯金をすれば利息が付くという資本主義の本来の状況になって行くということになるはずですから、借金と貯金の世界は、はじめは徐々ながら、最終的には資本主義の経済原則に従ったものになるのでしょう。

という事で大きく日本経済を見た場合、どんなことが起きるかですが、民間と政府に分けた場合、家計は2000兆円を越える金融資産を持っており、政府はその半分超を国民から借金しているとおいうのが現状です。

という事は、政府は国債などの借金に利息を払わなければならに事になり、家計は2000兆円の資産にそれなりの利息が付くことになります。政府はますます貧乏になり、家計は貯蓄に利息が付いてその分所得が増えることになります。 

家計はその分幾らかホッとする程度でしょうが、税府は大変です。金利は1%、2%、3%と上がっていけば、新規国債はその分支払利息が増えますから、今迄の様に赤字国債で補正予算をとはいかなくなるでしょう。既発債は金利上昇で評価額が下がりますから、国債を持っている日銀をはじめ金融機関は、評価損を被ります。家計は満期まで持っていて額面の支払いを受けてもインフレ分だけ実質価値は下がります。

こうしたこれまでのゼロ金利の収拾問題はありますが、経済全体としては金利が機能する正常な経済に戻ることになります。

ところで、金利とは何でしょうか。金利はカネの貸借の際に発生するもので、貸す人は、貸している間は金を使えないという不都合を我慢する我慢代の収入です。借りる人は、カネがなければできない事が出来るという便利さの獲得代の支払いです。

中世までは社会的に認められなかった「金利」が認められ、宗教改革や蒸気機関の発明と共にその後の経済発展が可能なった事は皆様ご承知の通りです。

特に間接金融を扱う銀行というシステムが金利を介して資本の自由な貸借を可能にしたことは渋沢栄一を驚かせた通りです。「金利をきちんと払う」という事は『論語と算盤』の論語の部分でしょう。(驚いた渋沢栄一はやっぱり銀行を作りましたね)

今、政府は、銀行より直接投資を奨励しているようです。銀行は企業に金を貸すのだから、銀行に預けるより直接株を買った方が早いというのでしょうか。免税までして少額投資を奨励していますが、庶民は銀行ほど知識がないので、失敗が多く常に危険を伴います。

日本人は堅実型ですから、銀行の専門性を活用、大儲けは無くても確定利付きの安全性を優先します。ですからゼロ金利でも銀行預金が多いのです。

勘ぐれば、政府が「貯蓄から投資へ」といったのは、国民の眼がゼロ金利に批判を強めることへの防衛策だったのかという見方があったのも理解できそうです。

悪い冗談はともかく、日本人は改めて、ゼロ金利は異常事態の産物と理解し、早期に適正水準の金利の機能する健全な資本主義に慣れることが必要なようです。


消費者物価の動き少し長期で見れば(解説編)

2024年05月25日 17時29分45秒 | 経済

今日は土曜日です。昨日も4月の消費者物価が発表になり当面の動きを見ましたが、土曜日にかこつけて少しのんびりと長い目で消費者物価の動きを見てみましょう。

2022-23年は想定外の消費者物価の上昇で24カ月連続で実質賃金が前年比マイナスとなり、家計にとっては最悪の2年間でした。犯人として消費者物価の上昇が言われました。それも調理食品、加工食品、調味料、飲料、果物、日用雑貨など、いわゆる生活必需品が中心で、多くが何千品目が何月から一斉値上げといった一斉波状値上げで、家計にとっては防禦の仕様もないといったものでした。 

実はこれには理由があったとこのブログは考えます。下のグラフを、改めてご覧ください。

    消費者物価主要3指数の推移(資料:総務省)

2021年の初めまでは青赤緑の3本の線はほぼ一緒です。ところが2021年の夏ごろから青と赤は上がり続けますが、緑は 下がり始め、22年に入って3月ごろから上昇に転じますが、青・赤と緑の線の間隔は23年の1月まで開くばかりでした。何故でしょう。

コロナ禍で家計は緊縮、日常の消費は落ち込む。当該企業は我慢の経営の連続でした。

23年2月に電力・ガスの補助金でエネルギー価格が下がり緑に急接近しましたが、緑の線自体も次第に上昇角度を弱めています。(昨日のブログの下のグラフも参照してください)

では緑の線の中身は何かと言いますと、主に「上に挙げた生活必需品が中心」で、国内のマーケットの事情で値段が決まる、別名、消費者物価の核(コアコア)と言われる部分です。

ここで改めて21年に緑の線が上がらなかった要因を考えてみますと、中小企業や非正規従業員などを支援しようと最低賃金は毎年平均賃金より大幅に上がりましたが、コロナ禍の時期は極端な消費不振・売り上げ減少で、生活必需品部門もとても値上げの出来る状態ではなく、利益の減少に耐えるしかなかったのです。22年に入って、これではやっていけないという事で「みんなで一緒に」足並み揃えて一斉値上げに踏み切ったのでしょう。

それまでは、賃金が上がらないが、物価も上がらないから何とかなるといっていた一般サラリーマン家庭も、その結果 実質賃金の低下に見舞われることになりました。

生活必需品部門の、コロナ禍で失われた利益の回復の動きは23年秋までの一斉・波状値上げという現象を生んだのでしょう。

確かに、ある程度の値上げまでは、値上げ容認の声もありました。しかし23年秋には、これ以上げると「便乗値上げ」の声も出始め、一部に買い控えも起き、そろそろ値上げも限界という雰囲気が生まれてきた様です。

こうした状況から、日銀や、学者のなかにも、この消費者物価の上昇は多分一過性で24年にかけては収まり、2%インフレ目標達成の可能性はあるという認識が生まれたようです。

これは正しい認識だったのでないかと思われます。

24カ月連続の実質賃金低下の犯人としての消費者物価の分析はここで一段落でしょう。

これからの問題は、異常な円安、円レートの変動と産業別利益構造の歪み、賃上げ圧力の増加、賃金と利益の適正分配構造への模索、経済成長の果たす役割、それに、円安から円高に転換する円レートがいかなる役割を演じるかといった問題になるのでしょう。

日本経済の正常化実現にはまだ課題が多いようです。その中で物価問題は、国民の日常生活に直接かかわる事として、問題であり続ける様です。


4月の消費者物価の動き、残る先行き懸念

2024年05月24日 16時06分11秒 | 経済

2023年の日本経済は、コロナ明けにも関わらず低迷状態でした、その中で、消費者物価の上昇が2022年から一層ひどくなるという、どうにも具合の悪い変な経済でした。不況下の物価高ですから「これはスタグフレーションだ」という人もいたようです。

そかし、賃金上昇も平均賃金では1~2%程度で、求人は活発、失業率は低く、企業収益は好調継続、設備投資も順調、国際収支は大幅黒字というのですからスタグフレーションではないようです。

そうした中で、このブログは毎月消費者物価の動向を追ってきました。賃金上昇より消費者物価上昇の方が大きいので、実質賃金が前年同月比マイナスという月が24カ月続いたのは何故でしょうという謎も解いてきました。

そして今日2024年の4月分の消費者物価が発表になり、6月5日には毎月勤労統計の4月分の速報が発表になって、実質賃金の対前年同月比が、プラス転換するかが解ることになります。

春闘賃上げは昨年の3.6%から今年は5%台ということになるようですから、一応期待は出来ますが、中小の賃金交渉が終わるのは6月ごろですから、全体の状況が見えて来るのにはもう少し時間がかかるでしょう。

ところで平均賃金の上昇より低くなるかという消費者物価の上昇ですが、今日発表の4月分の数字は微妙です。

先ず、消費者物価の原数字の動きですが、下のグラフです。3月と4月の数字を入れておきましたが、「総合」「生鮮を除く総合」「生鮮とエネを除く総合とも、今年に入って上向きに転じています。

     消費者物価主要3指数の推移(原指数)                        

               資料:総務省「消費者物価指数」

昨年10月の数千品目一斉値上げでの不評で、値上げの波は一応収まったかと思われたのですが、今年に入って新たにいろいろな値上げの声が出ています。

3月から4月にかけての上げ幅は0.3~0.5ポイントですから年率にすれば12倍ですから平均賃金が3%以上上がっても、物価上昇に飲み込まれる可能性も出て来ます。

一方、次のグラフで、消費者物価の対前年同月上昇率を見ますと、こちらは順調に下がっています。特に緑の線の「生鮮とエネルギーを除く総合」は国内のインフレ要因によるものですから、これが下がることが物価安定の基本です。

     消費者物価主要3指数対前年上昇率(%)

                     資料:上に同じ

4月の消費者物価の上昇要因を見ますと、一つには生鮮食品の上昇が天候不順で大きかった事、調理食品や加工食品の値上げが収まった中で果物、一部の菓子、飲料などで価格引き上げが起きています。教養娯楽とくに旅行関係はインバウンド盛況の影響で高めの上昇が続いています。(東京都の高校の授業料無償化は、引き下げ要因になっています)

2年続いた食品等生活必需品の値上げはコロナ期に値上げを我慢したことの反動とみれば、理解される面もありますが、企業収益は総じて上昇しているという企業統計の結果からすれば、今後は生産性向上でコスト吸収という企業本来の在り方への一層の傾斜が要求されるのではないでしょうか。

その場合、景気回復、円安などで収益好調の企業においては、日本経済全体のバランス回復に向けて価格メカニズムを活用しての積極的配慮も大事ではないでしょうか。

また、満額回答などで、賃金支払い能力に余裕のある企業は、非正規従業員の正規化、教区訓練の徹底などで、従業員の全体的能力アップで生産性向上を図るというアプローチも、日本の労働力のレベルの底上げという意味で、企業経営者の役割が期待されるところでしょう。


「政治にはカネがかかる」再論

2024年05月23日 17時50分52秒 | 政治

あらためて、こんな問題は余り論じたくない事ですが、「政治に金がかかる」というのはどういう事でしょうか。

政治というのは「その国を経営する」ということだと思うのですが、それは国にとって最も大事なことです。国にとって最も大事なことと言っても、国というのは国民の集合体ですから、それは、国民全体にとって、国民全体が、それぞれに、平和の中で、豊かで快適な生活が出来るように、中央から地方まで全ての国民にそれを保障しなければなりません。

活動の内容というのは、国のすべての運営のルールを作る事。これは国会から地方議会の仕事でしょう。そしてそれを確りと運営、運用しなければなりません。海外と関わる外交や防衛という仕事もあります。こうした、立法、行政、国民の意思や社会正義の貫徹に叶うものとの判断をする司法もあります。

そしてそのためには国民全体の2割ほどの人間が働いているのが現状でしょう。これは巨大なザービス業です。

国全体の国民に対するするサービスのすべてが政治というならば、そのコスト全てを負担するのは当然国民で、その形は税金と社会保険料です。その合計は「国民負担」と呼ばれ、国民所得に対する国民負担率の割合が「国民負担率」です。

この国民負担率は、国民の必要とする政府の活動分野の拡大もあって、ほぼ50%に達しています。国債発行という国民からの借金でのサービス提供も入れれば約6割です。巨大なカネですが、国民がきちんと払っています。

この中には「政党交付金」という「政党の政治活動の健全な発達の促進および公正の確保」のための交付金もあります。(それでは足りないというのが裏金問題です)

ここでいう政党の「政治活動」というのは解り易く言えば「党勢の拡大」、つまり選挙地盤の整備、はっきり言えば「選挙活動資金」という事のようです。

つまり、「政治に金がかかる」というのは、選挙活動に金がかかるという事で、これは選挙がカネで動くということの証明のようなものと誰もが感じる所でしょう。

こういう流れで見ていますと、自民党が今やっている事は、次の「選挙のための資金」を何とか確保して、落ち目の支持率を金の力で挽回し、次の選挙で勝ってなんとか政権党という立場を確保したいという事なのかという筋道が見えてくるような気がします。

更にそれを延長しましと、自民党は、選挙はカネで動くものという明確な意識を持っているという事で、それは選挙民の意識はその程度で、カネで動くものと考えている事、今迄選挙民はそうだったという経験の結果ということになるのでしょうか。

最近の政党支持率の動きを見ていますと、未だ自民党支持率は高いですから、自民党の理解は正確ということかもしれませんが、今迄の投票率は50%ほどですから、残りの「有権者の半分近く」が本気になれば、これからは日本の選挙はカネを出しても役に立たない選挙、結果的に「政治(選挙)にはカネがかからない」と言われるようになるのではないでしょうか。

その時初めて日本の選挙は民主主義に大切な「本来の選挙」になるのではないでしょうか。


日本の伝統文化を政治に生かす・続

2024年05月22日 14時05分22秒 | 文化社会

前回は政治が国を経営する事であるあらば、日本的経営の優れた点を政治にも生かせるはずだという事で「人間中心」と「長期的視点」の経営という点を挙げてみました。

職務中心という欧米の経営でも人間の大切さは、エルトン・メーヨーのホーソン実験以来の「行動科学」の発展の中で理解されているところですが、経営の原点が「利益」ですから、人間の重要性は「利益」実現のための手段としての重要さにとどまっています。

余計な事を付け加えれば、政府の「働き方改革」は、欧米流の経営を土壌の違う日本に移植しようとするもので、上手く育たなくて当然なのです。

ところで今回は、比較的意識の揃っている人間集団である企業と、それよりずっと大きくてメンバーの意識、思想、理念がずっと多様な人々を包括する「国」の経営について企業との違う部分を考えてみます。

国の場合は政党が分かれているように、国の経営の進め方について多様な考え方の集合体です。それを無理に1つに纏めようというのが独裁制で、その失敗を避けるために生まれたのが民主主義でしょう。

民主主義は「より多くのメンバーの支持する考え方で行きましょう」という事で、考え方の違う人も、一旦多数決で決まったら、当面それに従いましょう。という多様性の平和的共存を前提にしています。

ただし経営を担当する期限を決めて、別の考え方の人がより多くなったら、その考え方にしましょうという柔軟で、異なった意見の平和共存を可能にするように工夫された制度です。制度的には、定期的な選挙・投票、多数決というのが具体的な方法です。

株式会社でも従業員という集団においては必ずしも多数決での決定ではありませんが、株主という集団では多数決・民主主義が原則です。

ところで、平和共存を可能にする民主主義については日本の伝統文化はどんな位置にあるのでしょうか。

多くの研究によれば、日本の伝統文化の源流を形作った縄文時代1万何千年、日本列島では戦争がなく、奴隷制度もなかったとのことです。しかも日本人は世界でも有数の多様なDNAを含むのです。日本人はユーラシア大陸各地や太平洋の島嶼から移住した多様なDNAの人々が各地で集落を作り交流混血しつつ平和共存し、広汎な交流、交易が行われていたとされています。(糸魚川からの翡翠の道、長野からの黒曜石の道など)

良質な産物の地域を独占しようと戦をするのではなく、交易によって共益を大事にするといった文化が育っていたようです。

人間集団、組織の運営については、考古学的なものではなく、後世に残された記録や、日本各地に残る風習などによることになるのでしょうが、注目すべきは聖徳太子の17条憲法の第17条「夫れ事は独りにて断ずべからず。必ず衆とともに論ずべし」ではないでしょうか。

これは権力者の意思決定ついての最も大事な点をズバリ指摘しています。

山本七平氏が日本の人間集団の意思決定について指適されているのは「一揆(当該人間集団の意)に諮り・・・」といった言葉です。物事を決める時の用語でしょう。

勿論、民主主義などという言葉のなかった時代の話ですから、こうした表現になるのでしょう。しかし、その意図は明らかです。独断専行、独裁制は決して良い方法ではないことを明確に言い表していると思います。

今の自民党の国会議員の諸氏に、確りそうした物を見てほしいと思うところですが、見てもらっても、「その通りで、みんなに相談したら、政倫審の求めには応じないというので、私も・・・」なんてことになりそうな気がします。