代役アンドロイド 水本爽涼
(第225回)
『忘れものなんです…』
沙耶は手に持った手弁当の布包みを示した。
「あっ! そうでしたか…。ちょっと待って下さい。今、内線入れますので」
老ガードマンの矢車は机上の受話器を手にし、「山盛さんとこは102だな…」と呟くと、慣れた手つきでボタンを押した。
保がエレベーターで降りてきたのは、しばらくしてからである。矢車に応対して電話に出た保だったが、何の用で沙耶が来たのか分からなかった。まだ、手弁当をマンションに忘れてきたことに気づいていなかったのである。
「あっ!」
保は布包みを示す沙耶を見て、初めて忘れたことに気づかされた。
『忘れちゃ駄目じゃない』
「いやあ~、済まない」
矢車の手前、保は暈して謝る以外になかった。素直に布包みを受け取った保に沙耶はそれ以上、返さなかった。
『じゃあ私、行くね。頑張ってね』
「ははは…、お友達のお従兄妹(いとこ)さんでしたよね。しかし、どう見ても奥さんにしか見えませんな」
矢車は冗談のつもりで言ったのだが、保と沙耶は少しギクリとした。ただ、二人のギクリは違っていて、保の場合、気持が動転して驚いたギクリ! なのに対し、沙耶の場合は言動の弱点につけ込まれたメカ上のWARNINGプログラムが警報で冷静に認識された判断上のギクリだった。