代役アンドロイド 水本爽涼
(第243回)
「岸田君、なんだったら、休んでいいよ」
『先生! ホテルへ戻りませんと…』
「あっ! そうであった。教授、保はそのままに…。待たせた者がありますから急ぎ、ホテルへ戻りますでな」
「そうですか。だ、そうだ、岸田君」
「教授、孫を、なにぶんよろしくお願いいたしますぞ」
「いやいや、こちらこそ。今や岸田君抜きでは研究室が成り立たぬ有りさまでして…」
「わっはっはっはっ…、左様なことはござらぬでしょうがな。では!」
「おじちゃん、またあとからね」
三人? は入口での会話のみで研究室を出た。
「なんやいな、びっくりしますがな…」
アフロの後藤が後頭部に手をやり掻き毟(むし)った。当然、辺りにフケの飛沫が乱舞した。それを見た三人のテンションは一気に降下した。後藤のアフロ頭には過去、山盛教授がそれとなく苦言を吐いただけで、誰も髪型について文句を言わないで今に至っていたのだ。教授の苦言で少しは小ブリになったアフロだったが、フケは相変わらず飛び続けていた。だから、後藤のノートパソコンだけが、いつも艶光りしているのは、磨いて手入れした訳ではなく、フケを拭った後の油脂によるものだった。そんなことで、今では誰も後藤のパソコン周辺には近づこうとしなくなっていた。ただ後藤は、性格上まったく気にしなかったから、山盛研究室は円満に続いていた訳である。
「後藤君の言うとおり、私も驚いたよ、ははは…」
教授が沈んだ室内の空気を拭った。保は一応、謝っておこうと思った。
「どうもお騒がせして、すみません」
「ははは…君が謝るようなことじゃないさ。しかし、君のじいさんはタフだな、ははは…」
山盛教授は慰めながら嫌味を吐いた。
教授が言ったとおり、長左衛門はその夜、保のマンションへ来襲した。むろん、里彩と三井を従えて、である。ホテルでゆったりと寛(くつろ)いだ三人? は、夕食を早めに済ませるとタクシーで外出した。便宜上、昼間の研究室では適当な作り話で引き揚げたが、別に待たせる者がいた訳でもなく、戻ってからは物足りないくらい、ゆったり出来たのだった。
「たぶん、じいちゃん達が、そろそろ来るだろうから、心積もりは、しておけよ」
保も長左衛門の行動は予測できたから守備態勢を敷いていた。いわゆる、目に見えないディフェンス網である。彼らのタッチダウンだけは避けねばならない。
『長左衛門と、その子分か…』
「今回の子分は、これだ」
保は、そう言いながら指を二本立て、Vサインを出した。