それから小一時間、戸倉は異次元の生活を味わった。もうそろそろ…と戸倉が椅子へ座った足を見たとき、偶然なのだろうが、戸倉の足先は消え始めていた。そして、わずか数秒のうちに元の戸倉の家が現れた。戸倉は瞬間移動して家へ戻ったのだった。
机の上へ置いておいた携帯が、しきりに振動していた。戸倉は慌てて携帯を手にした。依頼主の怒ったような声がした。
「朝から電話してたんですけどね! お休みですか、今日は?!」
「いや、そういう訳じゃないんですが、ちょっと知り合いの結婚式で…」
「携帯は持って出られたんでしょ?」
「いや、それが…ついうっかり、礼服に着替えたときに忘れたようなんです。どうも、すみません」
取ってつけたような嘘が、上手い具合にスンナリ出て、戸倉はホッとした。嘘も方便とは上手いこと言ったものだ…と、戸倉は刹那、思った。
「それで、来てもらえるんですかね!」
「あの…どういった内容でしたか?」
「ああ、興奮して忘れるところだったよ。ブロック塀に車が突っ込んじゃってさ。直せるかい?」
「ああ、はい! 明日の早朝にでも、係の者を派遣させていただきます。ご住所は? あっ、はい…、はい…」
戸倉は電話の内容を机上でメモ書きした。
「料金は軽微ですと、1日まで修理費込みで2万を頂戴しておりますが、この件ですと、一日当たりの手間賃が1万、そこへブロックの材料費を別途、頂戴いたしとうございますが。… … あっ、はい! 分かりました。ではそういうことで。、明朝9時に入らせていただきます。詳細はお伺いした上で。はい! どうも、ありがとうございました」
戸倉は口八丁で、上手く依頼を引き受けた。