「あんたねっ! 勝手すぎるんだよ! もう少し、待ってくれてもいいだろ! ほんとに、もお~! 足が早いんだから!」
山裾(やますそ)に沈もうとしている秋の夕陽を見ながら、勘一は呟(つぶや)いた。それを隣家の嫁、民江が窺(うかが)い見ていた。
「また、話してるよ、勘さん…。ほんと、変な人だよ。アレさえなけりゃ、いい人なんだけどねぇ~」
そこへ旦那の芳三が顔を出した。
「どうした?」
「ああ、お前さん。ほら、アレ、見てごらんよ」
芳三は民江が指さす方向を見た。勘一は山裾に半ば姿を隠した夕陽に向かって、まだブツブツと小言を垂れていた。
「大丈夫かねぇ~、あの人!」
「勘さんか…。まっ! アレだけだからなあ。見て見ぬふりでいいだろうよ」
「そうだね、いつものことだから…。でもさあ、なに言ってんだろうね?」
民江は首を捻(ひね)った。
「さあなあ~? なにか、願いごととかだろうよ、きっと…。さあ、飯(めし)にしてくれ、飯に!」
「あいよっ! いい人なんだけどねぇ~」
二人は奥へ姿を消した。隣では勘一が、まだ、ブツブツと話していた。
「そうでしたか…。忙しいんですね、あなたも。こっちの都合で語っちまって、申し訳ない…」
芳三夫婦だけではなく、誰が見ても勘一は変な人だった。だが、真実は変でもなんでもなかった。太陽は勘一と語っていたのだった。
『いいえ、では…。また明日!』
「あっ! おいでに?」
勘一は明日も晴れると確信した。
完