『ただ一つ、あなたに忠告しないといけないんですが…。このまま続けて下さい。決して私のようなことを考えちゃいけません。総店員一名! いいじゃないですか、ははは…。あっ! そろそろ消える時間ですね』
異次元の戸倉はこの前と同じように腕を見て呟(つぶや)いた。すでに男の足先は薄く透明で、消えかけていた。そして、数分後、完璧に消えた。戸倉は、しまった! と思ったが、もう遅い。この次、出会う頃合いを確認しておかなかったのだ。これでは、いつ、異次元の戸倉が現れるかが分からない。分からないとは、彼に対するスケジュールが立たないということだ。
戸倉が予想したように、一週間が経っても異次元の戸倉は戸倉の前へ現れなかった。そうなると、なにもなかった日常の繰り返しとなり、戸倉の脳裡から次第にこの異常な出来事の事実が消えていった。半月が経った頃、すでに戸倉の脳裡では、よく似た異次元の自分からよく似た男、そしてあの男へと印象は薄れていた。あの男は、まだ戸倉の前へ現れていなかった。
ひと月もすると、戸倉はすっかり以前の生活に戻っていた。
「いや~それなんですが、担当する者が生憎(あいにく)、休んでいままして…」
かかった依頼電話は戸倉の出来ない分野だったから、いつもの生憎作戦で戸倉はその場を凌(しの)いだ。
『私ですよ、戸倉さん! 私』
「… ああ、アチラの方ですか」
戸倉の記憶が甦(よみがえ)った。紛(まぎ)れもなくその男の声は、異次元の戸倉だった。