課長補佐の干柿(ほしがき)貢(みつぐ)は職場で敬遠されている。それは決して彼が嫌われている・・ということではない。というのは、干柿は話が長いのだ。話し始めれば、周囲や今の状況を完全に忘れてしまうというのが干柿の欠点だった。
「ほ…」
課長の茶栗(ちゃぐり)は一瞬、開いた口を慌(あわ)てて閉ざした。危ない危ない…と思ったのである。腕を見ると、会議が始まる10時が近づいていた。今、話しかければ確実に30分は場を離れられなくなることは分かっていた。だから、口を閉ざしたのだ。だが、すでに遅(おそ)かった。誰かから話しかけられないかと、干柿は耳を欹(そばだ)てていたのである。まるで話の獲物を狙う猛獣のような干柿だった。
「あっ! 課長。何でしたでしょ」
その声を聞いた瞬間、茶栗はしまった! と軽率を悔(く)いた。
「んっ? いや、なんでもない」
知らず知らず、茶栗は干柿の前へ跪(ひざまず)き土下座をしていた。そして、干柿の顔を見上げ、両手を合わせていた。まるで、命 乞(ご)いをする囚(とら)われ人に見えた。それを見て干柿は、『俺はいじめっ子じゃないぞ…』と思った。
「まあ、立って下さい、課長」
干柿も跪き、宥(なだ)めるように茶栗を立たせた。どちらが上役か分からなかった。
「君とゆっくり話したいんだが、10時から会議でな。遅れる訳にゃいかんのだ、すまんな…」
「ああ、そうでしたか。それは、すみません。で、何どういう議題ですか?」
ここで暈しながら返さずに去れば問題はなかったのだ。
「そうだな…。君も課長補佐だからな。知っておいた方がいいだろう」
茶栗はカクカクシカジカと議題の内容を話し始めた。これが、いけなかった。答えては訊(き)かれ、いつの間にか、よもやま話まで二人は話していた。結果、茶栗は1時間以上、会議に遅れ、部長に大目玉を食らった。しょんぼりと茶栗が食堂へ向かったとき、干柿は社長と笑顔で、よもやま話に花を咲かせていた。
THE END