五十川(いそかわ)丈太は三十半ばのサラリーマンである。外見上は他の社員と変わりがないフツ~~のサラリーマンだ。だが、彼の動き方には他の者達と明らかに違う特徴があった。五十川はリズム感覚ですべての物事を捉(とら)える天性を有していた。当然、動きはリズム感覚で、五十川と話す相手は自然と身体が動いた。それは決して腹が立つというものではなく、むしろ、気分がリフレッシュ出来るぞ・・と社内では好評だった
五十川は生まれたときから自然とリズムをもって身体が動き、今に至るまでリズムな人生を味わってきた。おそらく、これからもそうなのだろう…と彼は意識することなく思っていた。
ある日の朝、五十川の姿は通勤途中の地下鉄にあった。自然と五十川の首がリズムっぽく揺れ、顔の表情が物悲しくなった。
「おお! 今日は湿っぽいね…演歌かい?」
「えっ? ああ、まあ…。おはようございます」
急な声に驚いて五十川が振り返ると、課長の汗吹(あせぶき)が偶然、同じ地下鉄に乗り、後ろに立っていた。他の乗客がいる手前、課長とは言わず、省略して五十川は挨拶をした。
「朝、何かあったの?」
出がけの十字路で近所の奥さんと出会いがしらにぶつかって転び、足を擦(す)り剥(む)いたなどとは、とても言えなかった。俺はどうして、こう感情がリズムで出るんだ? と五十川は常々、不思議に思えていたが、今朝もまた、そう思えた。しかし、いいリズムの日も多々、あった。契約が取れたときなどは、永ちゃんよろしく、急に手持ちの鞄(かばん)をマイクがわりに振り回し、通行人をパフォーマンス[振る舞い]で驚かせたりもした。社へ戻(もど)っても、動きが自然とロック調になり、身体が揺れた。それを見た汗吹が、「上手くいったようだな…」とニタリとし、独りごちた。もちろん、他の課員も、黙ってポン! と五十川の背や肩を叩(たた)いた。五十川の前では、必要最小限の言葉以外、ほとんど話す必要がなかったのである。リズムな人生は言葉のない感覚の人生でもあった。
THE END