弥川(やがわ)憲司は痒(かゆ)さに我慢できず、ボリボリ…と、思わず首筋を掻(か)き毟(むし)った。ホームレスには決して成りたくてなった訳ではなかったが、成ってしまったものは仕方がない…とオウンゴールのように甘受(かんじゅ)していた。
今朝も早くから、空き缶を拾ってリサイクル業者に持っていった。
「アンタも、よくやるね…」
慰(なぐさ)めともつかない言葉を顔馴染みの須崎にかけられ、弥川は意味のない笑いを無言で返した。
「今日は、450円だね。正確には448円だけど、ははは…端数は私からの寄付ということでね」
「須崎さん、いつも、すいませんねぇ」
軽くお辞儀をしてボリボリと首筋を掻き、弥川は須崎から手間賃を受け取った。まあ、これだけあれば、三日分を合わせて1,500円ほどにはなる。だいたい三日が相場で、換金しては僅(わず)かな食料を買い、飢えを凌(しの)ぐサイクルを繰り返していた。ボリボリ…と掻き、その日も一日が終わるのが相場だった。銭湯へはここ2年ばかり御無沙汰していたから、時折り、首筋を掻きながらそのときの湯舟の心地よさを弥川は思い出した。身体はもっぱら公設トイレ、デパートとかで洗っては拭(ふ)き、済ませていた。それでも、ダンボールの古さからか、やはり眠っているとボリボリ…となった。
そんな弥川に転機が訪れたのは、ひょんなきっかけだった。拾った宝くじが馬鹿当たりしていたのだ。弥川は過去、空き缶を拾っていたとき、偶然、宝くじ券数枚を拾ったのである。まだ新しかったせいもあり、それを交番へ届けておいたのだが、遺失物の届けがなく、時の経過で弥川のものとなったのである。その券が当たっていた。その換金額、実に前後賞を合わせ数億円だった。
入った金が災いした訳ではなかったが、弥川はホームレスを辞めざるを得なくなった。とはいえ、これといった金の使い道もなく、弥川は金を金融機関へ預けておいた。ところがである。人生は奇なるもので、偶然出会った男にアドバイスされ、小さな店を開店した。運よくそれが、また馬鹿当たりした。瞬く間に弥川は会社の社長となり、社長席に偉そうな口髭(くちひげ)を蓄(たくわ)え、座っていた。ただ、弥川は相変わらずボリボリ…と首筋を掻いていた。
THE END