立板(たていた)削(けずる)は、炊(た)いたご飯のお焦(こ)げが大好きだ。あの香ばしい焦げた匂(にお)いがする炊きたてご飯の握り飯なら、毎日でもいい…と思っていた。おかずがなくてもいいほど好きだったが、さすがに健康に悪いからと母親の順子はここ最近、手控(てびか)えていた。
削の家は昔ながらの家屋で、台所は竃(かまど)だったから当然、炊飯は直火(じかび)炊きの釜が使われていた。
今朝も香ばしいお焦げのいい匂いが漂う。昨日の仕事ですっかり疲れ果て、ぐっすり眠っていた削は、その匂いに揺り起こされるかのように自然と目覚めた。
「あら! 早いわねっ」
「母さん、お握り!」
ニヤリと笑いながら、削はやんわりと言った。とても社会人とは思えない…と自身でも思えていたからニヤリとなった訳だ。
「この前、作ってあげたでしょ!」
「1週間前だろ」
この手の会話が過去、母子の間で何度となく繰り返されてきたのである。
「お焦げの日だけでいいからさ…」
「仕方ない子ねぇ~」
削にとっては都合よく、順子にとっては都合悪いことに、今朝はお焦げが出来ていた。保温ジャーへ炊いた釜のご飯を移すと、底の方には、お焦げが、こびりついていた。順子は立て板に水を流すように、馴れた指の捌(さば)きで数個のお握りを瞬く間に作った。削は出来上がったそのお握りを、立て板に水を流すように、馴れた口の動きで頬張り、腹へと収納した。
THE END