並木有也は勝負師を自負するサラリーマンである。彼は生活のすべてで勝負して生きている。それは、目に見える場合もあり、心だけの目には見えない場合もあった。」
ここは人事部管理課のデスクである。早くから仕事熱心な管理課長の毛利(もうり)が出勤してきて、席に座っている。
「おはようございます」
並木の心の中では勝負が始まっていた。
━ さて、今日は陽気なパターンでいこう。果たして、3文字以上、口を開くか? ━
並木は他人が聞けばどうでもいいような勝負を、内心で勝負していた。
「ああ…」
━ チェッ! 2文字かよ… ━
並木が不満げに腰を下ろした姿を、運悪く毛利が見ていた。
「どうかしたの、並木君?」
毛利は毛のない頭を禿(はげ)散らかして、そう言った。出勤時間としては、双方ともかなり早く、まだ誰も出勤していなかった。
「いえ、べつに…」
「そう? …今朝も早いね」
並木としては思わぬ展開である。
━ 2文字だったが、2文字以上だな。ヨッシャ! ━
並木は内心でガッツポーズをした。恰(あたか)もサッカーの決勝点をゴールへ叩きこんだストライカーのように、である。これで並木の出たとこ勝負は決した。昼食は食堂ではなく、行きつけの鰻屋、魚政に決まったのだ。
昼の休憩になり、並木は喜び勇んで駆け出した。だが生憎(あいにく)、店は臨時休業していた。
━ なんだ… ━
並木の出たとこ勝負は、コンビニ弁当に変化した。人生とは、こんなもんだ…と、並木は大げさに思った。
THE END