馬尻毛(まじりげ)振一(しんいち)は自他ともに認める馬マニアだった。それが高じて、今では多くの馬グッズを収集するまでになっていた。馬は好きだったが、馬1頭を購入して馬主(ばぬし)になるほどの金持ちでもなく、齷齪(あくせく)働きながら余暇(よか)を楽しみ、今日に至っていた。競馬には一切興味がなかったが、馬券情報にはめっきり強く、確実に当てた。そんなこともあり、知り合いは申すに及ばず、芸能関係の問い合わせも多々あり、トウシロながら、その筋の人・・とマスコミでは持て囃(はや)されるまでになっていた。
「はい! 馬尻毛ですがっ!」
またかっ! と馬尻毛は大きな声を出した。朝からこれで4件目の電話である。これでは家の盆栽の手入れも出来やせん! と馬尻毛は少し怒れていた。
『○◇スポーツ、競馬担当の者です。この前言ってられた鼻毛の差で、よろしいんでしょうか?』
「はい、アレね。今日でしたか? はあはあ、まあ、私の予想に間違いは、まずありませんでしょう」
『はあ。ただ、ハナの差というのはありますが、鼻毛の差は、いくらなんでも…』
[えっ? いやぁ~お疑いなら無視されればいいじゃありませんか」
『いや~そんな。取材費は、きちんと振り込みでお支払いいたしますから、もう少し現実的に…』
「馬鹿にしなさんなっ! 私ゃ金(かね)目当てで、あんた方に予想したんじゃないっ!」
馬尻毛は記者の物言いにムカッとし、昔ながらのダイヤル式黒電話をガチャ! っと切った。
こちらは電話を切られたスーポツ新聞社のデスクである。
「やっこさん、怒ったか。しかしな…ハナの差はあるぞ、確かに…。だが、鼻毛の差なんて聞いたことがないっ!」
「僅(わず)かな差ですもんね。ほぼ、同着だっ」
笑いながら電話を切られた記者は編集長に言った。
「笑いごとかっ、馬鹿野郎!」
怒鳴られ、記者は萎(な)えた。
そして、その予想レースが始まった。馬尻毛が予想した馬は、ものの見事に1着になった。だが、そのレースは写真判定されるという際(きわ)どいもので、結果は鼻毛の差という僅かな差だった。ルール上、ハナの差とは報道されたが、その実、レースは競馬史上に残る鼻毛の差という僅かな差だった。
THE END