天空では目に見えない鬩(せめ)ぎ合いが続けられていた。双方、入り乱れての鬩ぎ合いは、下界にシトシト雨を降らした。
「梅雨らしく、よく降るな…」
湿気(しっけ)が高く、室内が蒸(む)し返る中、縦溝(たてみぞ)昇は欠伸(あくび)をしながら、そう言って外を見た。洗濯ものを畳(たた)む妻の雅子の返答はない。それもそのはずで、縦溝家でも両者の鬩ぎ合いは続いていたのである。
コトは単純なことから始まった。雅子の頼みを縦溝が無視したからだった。恰(あたか)も、上空の暖気団が北へ押し上がろうとする意志を、寒気団が無視したような話だった。…それは少し違うかも知れないが、まあ、いずれにしても鬩ぎ合いであることに違いはなかった。縦溝と雅子との鬩ぎ合いは、ここひと月ほども続いていたが、双方とも治まるきっかけが見い出せず、梅雨空のような長期戦に至っていた。
「今日は晴れたな。…ビールは?」
シャワーで汗を流した縦溝が、それとなく雅子に訊(き)いた。
「私も飲むから買ってあるわ…」
不承不承、雅子は返した。梅雨の晴れ間的なこんな会話が交(か)わされる日もあったが、すぐ雨寄った。
そうこうして日が過ぎ去ったある日、気象庁がテレビで梅雨明けしたとみられる・・と発表した。上空の折り合いがつき、暖気団と寒気団の鬩ぎ合いが終わったのだ。
「ほう…梅雨明けか。どうりで夏の暑気な訳だ…」
「…私達も梅雨明けしましょう」
笑顔の雅子がコップ二つ、ビール、ツマミを盆に乗せ運んできた。縦溝家でも鬩ぎ合いは終息した。
THE END