鳥橋(とりはし)拓也は、今年の春、新入社員となった若者だ。その鳥橋が朝からお小言(こごと)を課長の浪岡から頂戴(ちょうだい)していた。
「お前なっ! こんな書類どおりにコトが運ぶとでも思ってんのかっ! 少しは身体で覚えろっ! お前のは、頭デカの発想だっ!」
今日の浪岡は、二日分を怒っているように他の課員達には見えた。
「頭デカですか…。すみません、僕はこれだけのものですから…」
鳥橋は浪岡に下手投げを食らわした。そのひと言が余計だった。火に油を注ぎ込んだようなもので、浪岡の怒りは一層、大きくなった。浪岡の顔が赤くなったのを見て、鳥橋は、しまった! と思ったが、もう遅かった。浪岡が逆に上(うわて)投げを、うち返した。
「馬鹿野郎!! これだけのもので済んだら、会社は倒産だっ!! 情けない…少しは反省しろっ !!」
「はい…」
鳥橋は完全に萎(な)えていた。
次の日から鳥橋の身体で覚える仕事が始まった。それまではパソコン入力後に印刷していたものを、手書きしてコピーに切り替えた。手書きだと頭と同時に手指が動いているから身体で覚えているんだ…と鳥橋は思った。
「馬鹿野郎!!! そうじゃないんだっ、鳥橋」
少し哀れに思えたのか、浪岡は少しトーンを落として言った。
「えっ? どうなんでしょう?」
「とにかく、身体を動かせっ!」
「はいっ!」
鳥橋はそう言うと、デスクを立って課内を動き始めた。他の課員達は迷惑そうに歩き回る鳥橋を通した。
「あの馬鹿、ちっとも分かっとらん…」
浪岡は怒るだけ無駄か…と、鳥橋を無視することにした。
課内を5分ばかり動き回り、鳥橋は課長席の前へ戻(もど)った。
「課長、これでよろしいんでしょうか?」
「ああ、まあ、そんなところだ…」
怒るだけ無駄と悟った浪岡は、軽く鳥橋の言葉を受け流した。浪岡は言っても無駄だと思い、鳥橋は、これが覚えるということか…と思った。二人は妙なところで納得する同じ気分を覚えた。
THE END