「僕のような者が所長の傍(そば)で研究させていただけるだけ有難いです…」
「ははは…そこまで恐縮することはないよ、海老尾君」
「いえ、所長に拾っていただけなかったら、僕は今でも大学の一講師のままでしたから…」
「まあ、それは、そうだが…」
否定せんのかいっ! と海老尾は少し怒れたが、事実なのだから仕方がないか…と諦(あきら)めた。テンションが下がらないのは、SF紛(まが)いの現実に遭遇したからだった。そのことを所長は知らない。そう思えば、むしろ北叟笑(ほくそえ)みたいくらいだった。
「それはそうと、赤鯛君は君と大学が同じだったよね?」
「はい、同期の友人です。それが何か…?」
「獣医科学部と聞いたが…」
「はい、元々は獣医師です」
「いや、実は家(うち)の隣の家(いえ)の親戚のポチの様子が少し怪(おか)しいんだ…」
「所長の家の、隣の家の親戚の犬ですか? 複雑な話ですね…」
海老尾は思わずニヤけた。
「ああ…昨日は日曜だったろ?」
「はあ…」
「ゆっくり寛(くつろ)ごうといい湯加減のバスに浸かっていたら突然、隣の奥さんが飛び込んできたんだ」
「はあ…」
海老尾は、完全に聞く人になっていた。
「家内が『あなた、ちょっと!』って、声をかけてさ…」
「はあ…」
「ゆっくり浸かってる訳にもいかんじゃないか…」
「はあ…」
続