料亭を出た蛸山と海老尾は、酔いを醒(さ)まそうと川べりの歩道を漫(そぞ)ろ歩いていた。年の瀬の冷えた夜風が心地よい。今夜は十六夜で、煌々(こうこう)と月の輝きが冴(さ)え渡って明るい。
「所長、僕は研究者向きなんでしょうか?」
「んっ? なぜそんなことを訊(き)くんだいっ?」
「いや、ふと、そう思っただけなんですが…」
海老尾は訊き返されてそう答えたが、内心ではレンちゃんばかりに頼り、自分は何もしていない…と自虐(じぎゃく)していたのである。事実、新ウイルスの生成も、元を正せば夢の中でレンちゃんが言ったとおりに操作しただけだった。それで完成した新ワクチンを誇っていいものか…と、思い悩んでいたのである。
「ははは…君は新ワクチンを完成させたアド・ホックチームのリーダーじゃないか、何を言ってるんだ。自信を持ちなさい、自信をっ!」
「はい…」
蛸山に激励叱咤された海老尾だったが、今一つ煮え切らない半肉の気分を溶き卵に付けたような空(から)返事で、口へと放り込んだ。
「もう、年が変わるか…。海老尾君、この一年は瞬く間だったね…」
川べりの歩道に設置されたベンチへ座り、蛸山がしみじみと言った。
「ですね…。ところで、波崎部長はどう言っておられるんですっ!?」
「何をっ?」
「来年度の研究開発費ですよ」
「ははは…訊いてないから分からんが、来年のことを言うと鬼が笑うぞ、海老尾君」
「はあ、すみません…」
「成るようにしか成らんよ、海老尾君」
「ですよね…。冷えてきました。そろそろ帰りますか?」
「ああ…」
二人はベンチを立つと帰路のメトロ[地下鉄]へと向かった。酔い覚めの風が二人の頬を冷たく過(よぎ)った。
続