「リンゴ三個とは、ははは…笑わせるねぇ~」
赤鯛は、このことを海老尾に言ったものかどうかと思わず苦笑いした。
その頃、海老尾は行きつけのレストラン・ロプスターでいつもの日替わり定食を食べていた。照らされた店の中庭に映える色づいた紅葉を愛でながら、もうこんな季節か…と一年の過ぎ去る早さを海老尾は芸術家のように思った。その途端、ナイフで切ってフォークで刺したはずのステーキの一片がフロアーへ落ちた。海老尾は辺りに人の気配がないのを確認すると、フロアーへ落ちたステーキの一片を素早く突き刺し、モグモグと口に放り込もうとした。そのとき、マナーモードにしておいた携帯が,ブレザーの内ポケットで激しく振動した。赤鯛からだった。
『俺だ…』
「ああ、どうだった…」
『行っといたよ。今、帰りの地下鉄の前だ…』
「そうか、有難う。これで所長への顔が立った。孰(いず)れ、礼はさせてもらうよ…」
『礼はいい。ははは…』
「どうした?」
『いや、なんでもない。ははは…』
赤鯛の携帯から聞こえる笑い声が海老尾には訝(いぶか)しかった。
「じゃ~なっ! 今、ロプスターで食ってる最中だ…」
『悪かったな。一応、連絡しておこうと思ってな…』
「いや、有難う。明日、研究所で…」
『ああ…』
赤鯛の携帯が切れたのを確認し、海老尾はフロアーへ落ちたステーキの一片をモグモグと口に放り込んだ。すっかり冷えていた。
続