水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

SFユーモア医学小説 ウイルス [34]

2023年02月15日 00時00分00秒 | #小説

 「リンゴ三個とは、ははは…笑わせるねぇ~」
 赤鯛は、このことを海老尾に言ったものかどうかと思わず苦笑いした。
 その頃、海老尾は行きつけのレストラン・ロプスターでいつもの日替わり定食を食べていた。照らされた店の中庭に映える色づいた紅葉を愛でながら、もうこんな季節か…と一年の過ぎ去る早さを海老尾は芸術家のように思った。その途端、ナイフで切ってフォークで刺したはずのステーキの一片がフロアーへ落ちた。海老尾は辺りに人の気配がないのを確認すると、フロアーへ落ちたステーキの一片を素早く突き刺し、モグモグと口に放り込もうとした。そのとき、マナーモードにしておいた携帯が,ブレザーの内ポケットで激しく振動した。赤鯛からだった。
『俺だ…』
「ああ、どうだった…」
『行っといたよ。今、帰りの地下鉄の前だ…』
「そうか、有難う。これで所長への顔が立った。孰(いず)れ、礼はさせてもらうよ…」
『礼はいい。ははは…』
「どうした?」
『いや、なんでもない。ははは…』
 赤鯛の携帯から聞こえる笑い声が海老尾には訝(いぶか)しかった。
「じゃ~なっ! 今、ロプスターで食ってる最中だ…」
『悪かったな。一応、連絡しておこうと思ってな…』
「いや、有難う。明日、研究所で…」
『ああ…』
 赤鯛の携帯が切れたのを確認し、海老尾はフロアーへ落ちたステーキの一片をモグモグと口に放り込んだ。すっかり冷えていた。

                   続


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