随分と世知 辛(がら)い世になったもんだ…と、最近、頓(とみ)に思うようになった。日々、暮らす世相が、長閑(のどか)に時の流れた昔を思い出させるからに違いない。そういうことで…という訳でもないが、これから綴る百話のお話は、そんな世知辛い現代社会の一コマ一コマをテーマにしたものです。例によって、欠伸をしながら読まずに一杯やってもらってもいいし、淹(い)れたてのお茶を飲みながらお煎餅を齧(かじ)ってもらっても、いっこうに構いません。ただ、腹を壊して病院に行かれても私は一切、関知しないからそのつもりで…[ミッション・インポッシブル風]。^^
黒尾は、とある大都会の駅構内で右往左往していた。というのも、何十年も前に一度だけ降り立った駅だったから困惑したということもある。
「あの…出口は?」
「出口ですか? 東口、西口、中央口と、ありますが…」
「はあ…よく分からないんですが、とにかく駅の外へ出られればいいんです」
「それなら、ここを真っすぐ進まれたところに地下通路に続く階段がありますから、階段を下りずにそのまま左通路を進めば出られます」
「どこへ?」
「中央出口ですが?」
「その中央出口でいいのか? が、分かりません…」
「分かりませんか…。ちょっとお待ち下さい」
駅員は駅構内の案内図を黒尾に示した。
「こぉ~通って頂いて、ここの階段を下りずに左側のこの通路を通って下さればいいんです。来られたたことは?」
「はあ…確か二十年以上前に来た記憶はあるんですが…」
「二十年以上前ですか…。この駅ビルの建て替え前ですね。それ以降、地下鉄も出来ましたからね」
「はあ…」
黒尾は駅員の説明に要領を得ず、益々、困惑した。
「これ、コピーしますね。ちょっとお待ち下さい…」
駅員は駅構内図をコピーすると黒尾に手渡した。黒尾は親切な駅員さんだな…と感じ、様変わりする世相を束の間、忘れた。
黒尾がしばらく案内図を見ながらトボトボと歩き進むと、地下鉄へ下りる階段があった。
「下りずに左側だ…」
駅員に言われた通り、黒尾は左通路を進んでいった。
「おやっ!?」
案内図には記(しる)されていない新しい売店が突然、黒尾の前に出現した。
「まあ、いいか…」
何がいいのか分からないが、黒尾は勝手に納得して頷いた。黒尾の心理を詳細に説明すれば、喉が渇いたから飲みものでも…とは思ったが、どうしても…というほどの渇きではなかったからスルーした・・というような発想である。駅で流れる人の動きも過去に比べれば激しい。それにしても…と、黒尾は世相の大きな変化に改めて驚かされた。
「まあ、いいか…」
今度、二十年後に来るときは…と考え始めた黒尾だったが、ふたたびスルーした。老いた黒尾にとって、二十年先の生死が未知数だったからである。
黒尾さん、世相の変化がどうであれ、ご長寿を蔭ながらお祈り致します。^^
完