次の日の朝、昨日のこともあり、戸倉は今日は休もう・・と思った。だが、二度寝した途端、携帯音に起こされた。仕方なく戸倉は携帯を手にして耳にあてがった。
「はい! 人材屋でございますが!」
戸倉は不満げに、いつもより愛想のない尖(とが)った声を出していた。
『ああ戸倉さん、昨日はどうも。一日前の戸倉です』
戸倉は唖然としてベッドに腰を下ろした。知らず知らず携帯を握る手が震え、脂汗(あぶらあせ)が額(ひたい)に滲(にじ)んでいた。 その時計は戸倉が今、身につけている時計とまったく同じものだった。戸倉も思わず釣られて自分の腕を見た。
「そうなんですか? 俺にはよく分かりませんが…」
『ええ、この前、初めてこちらへ来てあなたを影から眺(なが)めていたのですが、消えるまでが約2時間でしたから』
「はあ…」
戸倉は黙って話を聞くより他なかった
男はそのまましばらくテーブル椅子に座っていたが、やがてスゥ~っと跡形もなく消え去った。戸倉には目の前で起きた超常現象が俄(にわ)かには信じられなかった。だが、自分の分身である異次元の男が飲み干したワイングラスは厳然として戸倉の前にあった。戸倉は否応(いやおう)なしに目の前で起こった出来事を事実として認めざるを得なかった。戸倉はその出来事を確認しようと浴室へ急行したが、浴室には湯気もなく、人が風呂へ入った痕跡もは微塵(みじん)もなかった。戸倉は三度(みたび)、ゾクッ! っと身体に震えを覚えた。
ともかく、それ以降はいつもと変わりなく時が推移していった。一日を無駄に過ごしたような気分を忘れさせてくれた自分の分身。異次元の自分だとか言っていたが…と、夕方、戸倉は湯を張った浴槽に身を沈めながら巡った。科学万能の世に、こんなことがある訳がない。俺は疲れてる・・と戸倉は自分に言い聞かせた。
最新の画像[もっと見る]