幽霊パッション 水本爽涼
第十八回
上山は一端、本を閉じるとテーブルへ置き、ワインを喉へ流し込んだ。この日のグラスは、やけに重く感じられた。図書館へ寄ったことや幽霊平林の出現で少し疲れているのかも知れない…と上山は思った。読みかけたところまで名刺を栞(しおり)がわりにして挿し込み、そのままにして寝室へと入った。
次の日は会社で取り分けて気遣う事態も起こらず、仕事もスムースに捗(はかど)り、順調に時は推移して終わった。それは当然のことで、幽霊平林が一度も上山の前に現れなかったからである。久々に社内で充実した時を過ごす上山だった。課員達は、その上山を見て、昨日までとは、うって変った仕事ぶりに驚きの声を上げていた。「おい! どうしちゃったんだ、課長」「なんか、別人だな」「そうさ…、目に見えん相手と話さんしな…」などと囁(ささや)く声が課内のあちらこちらでした。上山にはその声が聞こえていたが、幽霊平林が出現している時に比べれば我慢し得る範囲だったから、気にせず仕事を続けた。
夕方の退社時となり、上山が田丸工業の社屋を出ようとした時、部下の岬徹也(みさきてつや)と海堂亜沙美(かいどうあさみ)が近づいて話しかけてきた。
「課長、今日はこれでお帰りですか?」
「んっ? ああ、そうだが…。何か用かね?」
上山は怪訝(けげん)な面持(おもも)ちで岬の話を受けた。隣には亜沙美が少し恥かしげに下を向いて立っている。
「実は、課長に折り入ってお願いしたいことがありまして…」
「そうか…。なんだか知らんが、ここでは無理な話か?」
優しく上山は訊(き)いた。
「ええ…まあ。無理じゃないんですが…」
岬は口籠(くちごも)った。
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