水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<39>

2015年07月11日 00時00分00秒 | #小説

「…はあ、ありがとうございます」
 ゆっくりもなにも、講演の後はその日泊まりのみで、明日の昼は取って返さねばならないのだ。次のテレ京の収録が控(ひか)えていた。だが、そうとも言えず、里山は運転手の言葉を素直に聞き流した。小次郎は、またウトウトと眠りだしていた。いつやらも言ったと思うが、猫は本来、よく眠るものである。なんといっても一日の3分の2、すなわち16時間ほどは眠るのだ。そこへ小次郎の場合、仕事があるから、疲れもあってか小次郎の気分としては20時間は眠りたい心境だった。要は寝ても寝ても眠かった。一昨日(おととい)など、学者か先生だか知らないのが、どうのこうの・・と、つまらない質問をするものだから、小次郎は余計、疲れていた。そこへ加え、みぃ~ちゃんに対するお務(つと)めも果たさねばならないのだ。むろん、それは昼夜を問わなかった。さらに加えて、仕事があるから、里山家を行き来せねばならなかった。小鳩(おばと)婦人が建ててくれた新居ばかりに安住できな、そんな事情もあったのだ。人間なら過労で倒れるぐらいのノルマを小次郎は熟(こな)していた・・ということになる。だから当然、疲れが出る訳だ。その対応策でもないが、里山が最近は疲れた小次郎のマッサージを手がけていた。
 講演後、宿泊のホテルに到着し、温泉から出て上機嫌の里山に、小次郎はマッサージを指図(さしず)した。
『あっ! ご主人、ソコソコ…。いい具合ですよ、続けて!』
 まるでマッサージ師を頼んだ旅行客だった。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<38>

2015年07月10日 00時00分00秒 | #小説

「えっ?」
 タクシー運転手は一瞬、驚いて、後部座席をチラ見で振り返った。里山は危ないっ! と感じた。ぶつかるぞっ! とまでは思わなかったが、フロントガラス上のバックミラーを見りゃいいじゃないか! とは思えた。ただ、口にはしなかった。
「いや、違うんです…」
 運転手は、なんだ…とばかりに黙った。里山は寡黙(かもく)な人だな…と思ったが、これも言えないから思うに留めた。一方、里山が膝(ひざ)に乗せたキャリーボックスの中で心地よく眠っていた小次郎にしてみれば、突然、声をかけられたのだから、ギクリ! である。
『なんですか? ご主人』
 そのまま聞き流すのもなんだから・・と、小次郎はやや小さめの人間語でニャゴった。これがいけなかった。
「えっ!! ええっ!」
 違う声を聞いた運転手は、車を慌(あわ)てて減速した。それは当然で、里山以外は乗っていなかったからである。
「あっ! ははは…私、今、売り出し中のタレント猫、小次郎のマネージャーです」
 里山は笑って誤魔化し、すぐ何者かを明かした。
「…ああ、なるほど。小次郎ショーの」
 運転手は得心したのか、首を縦に振りながら頷(うなず)くと、落ちついた。
「こちらは初めてでして…」
「そうやったね。よかってころも、いっぱいあると。まあ、ゆっくりしてくれんね」
 運転手は地元の方言でペラペラと捲(まく)し立てた。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<37>

2015年07月09日 00時00分00秒 | #小説

『まあ、おふた方(かた)、頑張って下され。特に小次郎殿はな。遠国(おんごく)の地でお祈りいたしておる』
 股旅(またたび)はそう言うと、重そうな身体をヨッコラショ! と立たせ、背を伸ばしながらベンチから地面へ飛び降りた。そして、里山と小次郎に頭をペコリ! と下(さ)げ、ゆったりとした足取りで公園から出ていった。
『お元気で!』「お元気で!」
 小次郎と里山は、その後ろ姿へ同時に声を投げかけた。小次郎の場合はニャゴかけた・・となる。
 股旅が里山家横の公園から去り、春が本格的に巡っていた。
「最近のゴールデンウイークは、汗ばむなあ…」
 不平を漏らしながら里山は小次郎が入ったキャリーボックスを手に持つと、ソファーから立ち上がった。今日は飛行機で北海道へ行き、そのあと長崎へ飛んで講演をするのだ。会社勤めの頃は今の頃なら、のんびりと旅行か、家でゴロ寝をしていた里山だった。それがどうだ。今では、休みらしい休みも取れないほど多忙を極めていた。小次郎事務所は個人事務所であり、里山がやっているのだから、なんとでもなりそうなものだが、オファーがあれば、そう無碍(むげ)に断れないのが厄介(やっかい)だった。オファーが少ないのも多いのも問題なのである。継続、安定した営業が理想なのだが、どうも理想どおりいかないのが業界だった。
「もう、そろそろ、いいんじゃないか?」
 飛行場を出たところに並ぶタクシーに乗り、車がしばらく走ったところで里山は小次郎へ徐(おもむろ)に声をかけた。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<36>

2015年07月08日 00時00分00秒 | #小説

『はあ、そうですかな…。ホッホッホッ…ともかく、小次郎殿には[立国]していただいて、猫王国の頂点に立っていただかねばなりませんぞ』
 里山は、よく笑う御仁(ごじん)だ…と、ぼんやり思った。そして、猫維新のひと言に感心した。
「猫維新! 大河ドラマ的でいいじゃないですかっ!」
『そういや、巷(ちまた)でそのような話を耳にしましたな。国営のテレビ局で、そのようなドラマを流したとか、流さなかったとか…』
「そうでしたね。ありました、ありました。激動の大河ドラマでした…」
『ふ~む。やはり、そうでござったか…。まあ、この話、犬猫社会に限ったことではござらぬがのう』
 股旅(またたび)は右手を舌で舐(な)めつけると、その手で顔を拭(ふ)いた。人間で言うところの洗顔だが、人間が考えるように汚(きた)なくもなんともなく、猫社会では至ってシンプルな所作なのである。
 里山の横で聞く小次郎の胸中にメラメラと燃え上がる闘志が湧き出したのは、股旅の言葉の直後だった。今までにない新しい気分である。まるで自分が勤皇の志士にでもなったような気が湧き起こった。
『先生、ご主人! 僕は立国しますよっ!』
 なにを思ったのか、小次郎は突然、意気込んで言った。
「おっ? おお、おお! そうだ、そうだ! 立国しろ! 立国してくれ!」
 里山も小次郎に煽(あお)られて意気込んだ。話の内容がいつの間にか、ドラマ的な展開になっていた。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<34>

2015年07月06日 00時00分00秒 | #小説

『先生をお見かけしないので、もう旅立たれたと思っておりました』
『フォッフォッフォ…。私(わたくし)が、そのような礼儀を欠こうはずもござらんよ、小次郎殿』
『そうでしたか…。それで今後は』
『そのことでござるがのう。そろそろ陽気もいい頃合いでござるによって、近々、また旅立とうと…。小次郎殿の[立国]を見届けられぬのは、ちと残念でござるが…』
 股旅(またたび)は里山がいつやら口走った[立国]という言葉を口にした。里山は自分が口走った[立国]の意味をまだ纏(まと)められず、そればかりか、春先の今はすでに心になく忘れ去っていた。それを股旅は、いとも簡単に定義づけて口走ったのだった。
『先生! その[立国]ですが?!』
『んっ? ああ…いつぞや、里山殿が話されていた文言(もんごん)です。失礼! 私なりに理解して、使わせていただきました』
 里山は股旅へ返せなかった。自分の考えと同じに思えたからだった。
 古びたベンチに座る一人と二匹に、桜の花びらが舞い落ちた。それと同時に、暖かなそよ風がフワリ・・と流れた。日射しは春のそれで、一人と二匹に暖かく心地よかった。
「先生、その立国というのは?」
 小次郎は股旅に訊(たず)ねた里山の顔を見上げた。気分としては、僕が口にしたことでしょうよ・・的なものである。
『いえ、なに…。小次郎殿も一家を構えられたようでござるによって、[立国]と語らせていただいたと、ただそれだけの話でござるよ。フォッフォッフォ…』
 股旅は優雅に笑い捨てると、大欠伸(おおあくび)を一つ打った。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<33>

2015年07月05日 00時00分00秒 | #小説

 それもそのはずで、股旅(またたび)は掃除用具置き場に長逗留(ながとうりゅう)してはいたが、行動は優柔不断で、その姿を見たものは皆無だった。小次郎ですら声をかけられて以降は一度、遠くの後ろ姿をチラ見したくらいなのだ。ましてや、里山や沙希代の目に触れることはなかった。当然、里山家へ出入りするクリーニング屋のノロ安こと安岡や郵便配達が知るよしもなかった。要は俳猫[人間ならば俳人]として生きる風流を嗜(たしな)む猫[人間ならば者]の生きざまなのである。人目に姿を晒(さら)さない・・というのが股旅の猫生主観だった。
『これは、股旅先生!』
『お久しゅうございますな、里山殿! それに小次郎殿…』
 小次郎以外に人間語を話す里山が知る唯一(ゆいいつ)の猫、それが股旅だった。とはいえ、前回は股旅の気分で猫語のニャ~ニャ~を聞かされていたから、少し意識した。小次郎は猫仲間では股旅の他は人間語を語る猫を知らない経緯(けいい)があった。
 股旅はヒョイ! と里山と小次郎が座るベンチの上へ飛び乗るとグデン! と横たわった。
『小次郎殿、その後、みぃ~ちゃんとの新婚家庭は如何(いかが)でござるかな?』
『有難うございます。お蔭さまで、娘と息子が生まれまして…』
『ほう! それはお目出度(めでた)い。しかし、この前ですぞ、その話をお聞きしたのは…』
『ああ、二匹同時でしたから…』
『おお、そういうことでござるか』
 股旅は欠伸(あくび)をしながらゆったりと尻尾の先を動かし[人間ならば首を動かし]、頷(うなず)いた。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<32>

2015年07月04日 00時00分00秒 | #小説

 遅くなれば、ご迷惑だろう…と考えたのか、串木と干柿は早めにインタビューを切り上げて帰っていった。だが、さすがにプロだけのことはある。帰りがけに串木は、「十分にお訊(たず)ねできませんでしたから、お暇(ひま)なとき、またお願いしますね」と、釘(くぎ)を刺して玄関戸を出たのだった。
 [立国]の意味も纏(まと)まらないうちに桜の咲く季節が巡っていた。里山は、そのことをすっかり忘れて満開の桜を見上げていた。
『ご主人、いい季節になりましたね…』
 里山が座るベンチの隣(となり)で小次郎が話しかけた。
「ああ、そうだな。この公園も随分、荒れ果てたが、桜はこうして毎年咲くなあ…」
 里山の感慨深そうな声に、小次郎は思わず頷(うなず)かされた。小次郎にもこの誰も来なくなった公園が愛(いと)おしく思えたのである。
『家の隣というのは便利でいいですね』
「ああ…、自然があるというのはいい。心が癒(いや)される」
『はい…』
 里山と小次郎は、また黙ると、爛漫(らんまん)と咲く満開の桜を見上げた。
里山は、すっかり小次郎の[立国]話を忘れていた。そのとき、二人が座るベンチへゆっくりと近づく一匹の猫がいた。冬の間、里山家横にある公園の掃除用具入れ置き場で長逗留(ながとうりゅう)を続けていた股旅(またたび)だった。股旅は里山と小次郎の後ろから、のっそりと現れた。
『綺麗ですな…』
 後ろからの声に里山と小次郎は驚いて振り返った。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<31>

2015年07月03日 00時00分00秒 | #小説

「小次郎は猫王国の国王ですよ、ははは…。なにせ、話せる猫など、彼を置いて他にいませんからな」
『いえ、一匹いることはいるんですよ、ご主人』
「あっ! ああ…股旅(またたび)先生だったな。いや、それにしても、小次郎を置いて、猫族を代表する猫材はいないと思えます、はい!」
 調子が乗ってきたのか、里山は本音を漏らし始めた。
「なるほど…人材じゃなく、猫材ですよね」
 串木は若い女性っぽく、フフフ…と小さく笑った。
「そうです! 猫材は小次郎をおいて他にありません。小次郎こそが猫王国を立国するにふさわしい猫材かと思われます」
 ついに里山は、[立国]という言葉を口にした。
「立国? …」
 串木は訝(いぶかし)げに里山の顔を見た。応接室に干柿が撮るカメラの連写音が小さく響く。
「あっ! いえ、今のは忘れて下さい。別に意味はありません…」
 里山は慌(あわ)てて前言を取り消した。幸か不幸か、串木は追撃せず、里山は窮地(きゅうち)を脱した。纏(まと)まってもいない言葉を、ついうっかり弾(はず)みで口走ったのである。過去、小次郎に[立国]と口走り、問われてそのときすぐに答えられなかったのだ。口に出した里山自身が説明できなかったのだが、今回も同じように口走っていた。イメージとしてなんとなく分かって言っているのだが、いざ口にするとなると話せない里山だった。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<30>

2015年07月02日 00時00分00秒 | #小説

「はあ? ああ・・まあ。それは、よく言われます。第一、私達の苗字(みょうじ)自体、面白いでしょ?」
 女性記者の串木が、逆に里山へ訊(き)き返した。
「ははは…そうですよね。お二(ふた)方とも珍しい名字だ」
 そこへ小次郎が玄関へ出てきた。
「…ああ、小次郎。取材の干柿さんと串木さんだ」
『僕が小次郎です。今晩は…』
「キャァ~~! 猫が話した。本当なんですね!」
「馬鹿!! 取材するお前が驚いて、どうすんだっ!」
 干柿はカメラを構え、小次郎に合わせながら、串木を窘(たしな)めた。
「すいません…。君が小次郎君か。よろしくねっ!」
「さあ、こちらへ…」
 里山は串木と干柿を応接室へ導いた。当然、小次郎も三人の後ろに付き従った。
 応接間にはすでに沙希代が入っていて、紅茶カップと手盆の菓子鉢を置いたところだった。
「どうも…奥様でいらっしゃいますか。どうぞ、お気遣(きづか)いなく…」
 串木は女性らしい柔らか声で沙希代に言った。
「ごゆっくり…」
 沙希代は二人に小さくお辞儀をし、素早く応接室を出た。その後、串木は女性記者らしく、やんわりと質問を進めた。そこはそれ、プロである。次第に里山も小次郎も、串木のぺースに乗せられていった。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<29>

2015年07月01日 00時00分00秒 | #小説

 刊誌の取材陣2名が里山家に訪れたのは、小次郎が家へ駆け戻(もど)ってから僅(わず)か5分ほどだった。小次郎がホットライン[小次郎が里山家の内外を自由に出入りできる秘密の抜け道]を使って外庭からキッチンへ入り、キャット・フードの缶詰をひと口、頬張ったときだった。これでは、美味しい! と感じる暇(ひま)もない。里山の方は沙希代に夕食を取材あとでしてくれるよう伝えておいたから、余裕はなかったが心理的な焦(あせ)りもなかった。
「夜分、お邪魔しますぅ~~!」
 愛想よい笑顔でガラガラと戸を開け、玄関へ若い女性記者と中年男のカメラマンは入ってきた。里山は今か今かとばかりにスタンバイしており、すぐキッチンから玄関へ現れた。
「はい…。いや、どうもご苦労さまです。お初にお目にかかります。私が里山です。玄関は寒いですから、まあ、上がって下さい」
「週間MONDAYの干柿(ほしがき)です。こっちが串木(くしき)です」
「串木です…」
「おい! 上がらせてもらおうや」
「ええ…」
 カメラマンの干柿に促(うなが)され、串木も靴を脱いだ。
「干柿さんに串木さんとは、なんとも愉快な組み合わせですね…」
 里山はすでに遠退(とおの)いた正月飾りの串柿を頭に浮かべ、ニヤけた。


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