水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

隠れたユーモア短編集-75- 励(はげ)む

2017年10月02日 00時00分00秒 | #小説

 何のために生きているのか分からず人は励(はげ)み、生きている。もちろん、生活するためじゃないかっ! 食べるためだろっ! ということになるが、では、何のために生まれ、食べて、生きてるの? と問われたとき、即答できる人は少ないだろう。人の人生とはそんな不思議な世界だが、そんな深く考えず、人はとにかく励んでいる。だが、励まない人も当然、多くいる訳で、現在のように文明化が進み、生活が便利になると、そういう怠惰(ルーズ)な人が増えてきて次第に励まなくなる。そのこと自体は悪いことではなく、励まずグデェ~ンとすることで、身体をリフレッシュできる効果はある訳だ。いわば、機械のメンテナンス、悪い部品の交換、潤滑油をさすとかの効果である。
「君ねぇ~、随分、顔色が悪いよっ! 大丈夫かね?」
 働き者の社員に声をかけたのは上司の課長代理補佐だった。偉そうに言ってはいるが、課長ではなく、さらに課長代理でもない、たかが課長代理補佐が、だ。というのも、次の人事異動で課長代理に昇格できそうな身の上のこの課長代理補佐としては、営業成績がよくても社員に倒れられては困る・・という深刻な事情があったのである。
「はあ、有難うございます。もう、少しですからっ!」
「そう? 明日でもいいじゃないか、そんなに励まなくても…」
「いや、別に励んでいる訳では…」
「いやいや、励んでるよっ、いつも君はっ!」
「そうですかぁ~? つい…」
 社員は課長代理補佐の頭を徐(おもむろ)に見た。頭は見事に禿(は)げ散らかり、光り輝いていた。禿げた上司がいると部下がシコシコと励むのかは不確かだ。

                              


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隠れたユーモア短編集-74- お釣り

2017年10月01日 00時00分00秒 | #小説

 三日ほど前、買物から帰り、財布の中身を確認した柏葉(かしわば)の記憶によれば、財布の中に¥10硬貨は13枚入っている勘定だった。そして今日のことになる。この日も買物を終えて帰宅し、レシートを見ると、お釣りは¥34とあった。ということは…と柏葉は単純に頭を巡らせた。三日ほど前の記憶から今日まで、財布からお足[お金]を動かせたことはなかったから当然、¥10硬貨は13+3で16枚ある計算になった。ところが、である。財布の中には、何度、勘定しても15枚しかなかった。これは妙だ…と、柏葉は腕組みをして動きを止めた。この事象には隠れた何かがある…と柏葉は大仰(おおぎょう)に考えた。
「怪(おか)しい! マジックでもあるまいし…」
 柏葉は首を傾(かし)げた。以前、お釣でもらった¥1硬貨の枚数が合わず、スッタモンダしたことがあったのだが、今回もその事例に似ていた、今回は¥10硬貨か…と単純に柏葉は思った。しかし、待てよっ? ¥5硬貨が飛んだぞっ! と、また柏葉は枝葉末節(しようまっせつ)に思った。そして夕闇が迫(せま)ったのだが、数が合わない隠れた謎(なぞ)のモヤモヤ感に、相変わらず柏葉は苛(さいな)まれている。

                              


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