水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

隠れたユーモア短編集-85- 苦労性(くろうしょう)

2017年10月12日 00時00分00秒 | #小説

 世の中には様々な人がいる。当然、それぞれ個人が持っている隠れたパーソナリティにより物事への取り組み方とか生きざまが変わる。
「はっはっはっ…妙な質問だっ! 予算委員会で予算と関係ない質問してるぜっ!」
 テレビ中継を観ながら、主人の玉袋(たまぶくろ)は大黒様のように笑いながら言った。
「いいじゃないっ! 関連質問なんだからっ!」
 すぐに反撃に出た妻の奈緒美は、キッチンから声だけ返した。すぐ飛び出してきて応戦したいのは山々だったが、調理中で手が離せないから仕方がない。
「そうだけどな…。予算の質問をして欲しいよっ! この質問、全然、関係ないぜっ!」
「…」
 それもそうね…と思ったか思わなかったかは別として、奈緒美は返さなかった。実は、奈緒美は、苦労性な人ね…と思っていた。他(ほか)に考えることないのかしら? …とも、実は思った奈緒美だったが、そうも言えず、思うに留めた訳だ。加えて、調理中のロールキャベツが不手際(ふてぎわ)にも崩(くず)れかけた・・という事情もあった。
「あれっ? あの議員、ウツラウツラしてるぜっ」
「… 疲れてらっしゃるんでしょっ!!」
 奈緒美は、細々(こまごま)と気づく苦労性な人ね…と、また思ったが、それも言えず、暈(ぼか)して返した。スポーツでいうところのオン・ラインという際(きわ)どいやつである。
「ははは…となりの議員、 服のボタンが解(ほ)つれて取れかけてるぞっ!」
「…」
 奈緒美は怒れて、黙って聞いてなさいよっ! …と思ったが、もう返さなかった。
「あっ! 俺も解つれてるっ! やれやれ…繕(つくろ)うか!」
「…」
 奈緒美はすでに聞く耳を持たなかった。苦労して好きにやってりゃいいわっ…くらいの気分だった。ロールキャベツは崩れ、半(なか)ばふだかっていた。奈緒美が苦労性で弄(いじ)り過ぎた結果だった。

                              


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隠れたユーモア短編集-84- 迷う

2017年10月11日 00時00分00秒 | #小説

 社会生活を続けていると、いいコトや悪いコトなど、迷う諸事がいろいろと起こってくる。この迷いには、隠れた個人差がある。それは個々の考え方の違いにより生じる差だ。
「川畑さん、どうされます?」
「なにをっ?」
 とある会社の昼休み時間である。社員食堂の食券機を前に田所(たどころ)は悩んでいた。突然、訊(き)かれた先輩の川畑には田所が訊(たず)ねた意味が理解できず、訝(いぶか)しげに返した。
「A定かB定か、はたまた単品の定食か・・ですよっ」
「馬鹿だな、お前はっ! そんなの好きにすりゃいいだろっ。迷うほどのこっちゃねえよっ!」
「でもねぇ…どちらも捨てがたいんですよ」
「食いてぇ~のかよっ? なら、両方、注文すりゃ、いいだろうがっ」
「そんなには食えないです…」
「だったら、どちらかにしろ。明日(あす)、別のでいいだろうがっ」
「はあ、それはそうなんですが…」
「ああ、もうぅ!! 覇気つかんやつだっ! 好きにしろっ! 昼休み、過ぎちまうぞっ」
 川畑は膨(ふく)れ面(づら)で配膳台へ向かった。この川畑は迷わない男、いや、決断する男とだった。結局、田所が課へ戻(もど)ったのは昼休みが終わるギリギリの時間で、迷った挙句(あげく)に素蕎麦を一杯、腹へ流し込んだだけだったのである。
 ある日、契約先の会社へ向かった二人は、会社への帰り道で二手(ふたて)に分かれた。
「俺は、間に合うかどうか分からんが、とにかく走るっ!」
「僕は、次のに乗ります」
 迷いに迷い、田所は次の電車にした。
「そうかっ!? じゃあなっ!」
 この迷う迷わないの差が二人の明暗を分けた。川畑は駅まで走り、次の電車へ滑り込むように乗って帰社した。次の電車は事故により運転が見合され、数時間の遅(おく)れとなった。田所が会社へ戻ったとき、すでに夜の八時は疾(と)うに過ぎ、社内は静まり返っていた。
「どうされました、田所さん? こんな時間に…」
 巡回していた顔見知りの警備員が、不審(ふしん)な顔つきで田所に訊ねた。
 迷うと、こうした隠れたトラブルに出食わすことが多いのは確かなようだ。

                              


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隠れたユーモア短編集-83- 風の吹きよう

2017年10月10日 00時00分00秒 | #小説

 しようとした物事が乱(みだ)れを生じるには、何らかの隠れた原因がある。その原因は、当の本人には見えないから始末(しまつ)が悪い。こうした乱れを生じる悪い場合の隠れた原因を隙間(すきま)風・・と世間では言う。もちろん、この逆の場合も当然ある。世間ではこれをトントン拍子(びょうし)・・と言うが、どちらも見えない風の吹きよう次第・・ということになるだろう。
「これで準備は、すべて整(ととの)ったが…」
「あとは、お天気次第ですね…」
 とある町の運動会が明日、開かれようとしていた。実行委員長の焼魚(やきうお)と副委員長の刺身(さしみ)の二人は、灰色の雲に覆(おお)われた空を見ながら、心配そうに話し合っていた。
「まっ! なるようになるさ…。天気予報はどう言ってた?」
「次第に回復するでしょう・・とか、なんとか」
「でしょう・・は、いいよな、ははは…」
「そこは、です! と断定してもらいたいですよね、ははは…」
「まあ、風の吹きよう次第ってとこか」
「ですね。風は人の動きを見て吹いてるんですかね…」
「かも知れんな。と、すれば、やるだけのことはやったんだから、ひとまず安心とするか…」
「はいっ!」
 雲を吹き飛ばす風は、人の動きを見て吹いているのかも知れない。

                              


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隠れたユーモア短編集-82- 嘆(なげ)かわしい

2017年10月09日 00時00分00秒 | #小説

 蛸焼(たこやき)は、今の日本は嘆(なげ)かわしい…と、愚痴(ぐち)を吐(は)いた。というのも、家の外の側溝を掃除した数日後に、またポイ捨てゴミを発見したからだった。こんな隠れたワルは国外追放にして、外国の難民にでもなりゃいいんだっ! と、一時は過激に思ったこともあったが、今となってはもう、半(なか)ば諦(あきら)めの境地(きょうち)で、愚痴を漏らすほど気分は痩(や)せ細っていた。
「蛸焼さん、どうされました? 最近、元気がないじゃないですか…」
 職場の後輩である烏賊墨(いかすみ)が日焼けした黒っぽい顔で窺(うかが)うように言った。
「いや、なに…。この国も悪くなったなと思ってさ…」
「どういうことです?」
 若い烏賊墨には、 蛸焼の言う意味がさっぱり分からなかった。
「いや、なんでもないさ…」
 蛸焼は暈(ぼか)すように反転した。すると、いい焼け具合に固まった熱い鉄板下の丸い半分が表出し、ドロリとした半熟(はんじゅく)の部分が逆に鉄板下へと沈んだ・・ということではなく、単に誤魔化した。
「そうですか? …」
 烏賊墨はそれ以上は突っ込まず、入れられたパスタに塗(まみ)れた・・ということではなく、話題を変えた。
「そうそう! 悪くなったといえば、デフレとか言ってる最近の景気。そう思いません?」
「デフレじゃないよ、決して。それも言うなら、国力の減衰だ。これが経済を語る上では正解だっ! 実に嘆かわしいっ! 国の考え方、方針が間違ってるんだよ、烏賊墨。今じゃ、世界第2位の経済大国だった日本は10位以下だぜっ!」
 蛸焼はまた愚痴っぽくなってきた自分に気づいき、舟盛りされたあと、ソースや海苔(のり)で味つけされて・・ということではなく、少し自重した。
「そうなんでしょね…」
 烏賊墨は同調して皿の上へ盛りつけられた・・ということはなく、聞く人となった。
 世の中は嘆かわしく、無性に食いたくなる・・ということではなく、そう不条理が多いということだ。

                              


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隠れたユーモア短編集-81- 抽選券

2017年10月08日 00時00分00秒 | #小説

 伊根は、スーパーで買物をした金額をレジで支払い、¥1,000分で1枚の抽選補助券を数枚、手渡された。帰ってその券を見ると、抽選の有効期間は来月の3日まで・・とあった。ああ、そうなんだ…と伊根は単純に思った。だがここには、巧妙に仕組まれた隠れたスーパー側の経営戦略があることに、伊根は気づいていなかったのである。というのも、1回、抽選するには10点が必要で、補助券には硬貨で擦(こす)ると1、2、3点の孰(いず)れかの点数が浮き出る仕組みになっていて10点以上が必要だったのだ。早速(さっそく)、伊根はシコシコと券を硬貨で擦(こす)ってみた[飽(あ)くまでも券です ^^]。結果は、どの券も1点だった。そう易々(やすやす)と2点、3点は出ないわな…と、伊根はまた単純に思った。経営学でいうところのデモンストレーション効果という手法だ…と伊根は、また単純に思った。客寄せ効果というやつである。だが、この段階でも、伊根は隠れたスーパー側の巧妙な経営戦略に気づいてはいなかった。
 その後、買物を数度した伊根だったが、やはり1点券ばかりだった。そうこうしているうちに、8枚で8点となった。よし! 今日、買物をすれば10点は超(こ)えるから抽選が1回できるな…と伊根は、またまた単純に思った。買物を終え、勇(いさ)んでレジへ向かった伊根だったが、貰(もら)えるはずの抽選補助券は貰えなかった。んっ? と伊根は思いながら、買物収納台へ買物籠を置き、持ってきていた補助券をポケットから取り出し、シゲシゲと見た。すると、そこには補助券の進呈は28日までとなっているではないか。その日は30日だったから、貰えないのも道理だった。抽選有効期間中ではあったが、あと2点分の補助券を貰えなければ抽選は出来ず、なんの意味もなくなる。このとき、伊根は初めて巧妙に仕組まれた経営戦略に気づかされたのである。伊根は8枚の券を破棄(はき)してくれるようレジ係に頼み、スーパーを出た。あと味が悪い買物となった。
 抽選券には隠れたナニモノかが潜(ひそ)んでいるから、油断は出来ないっ! というような、そんな大げさな話ではない。

                              


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隠れたユーモア短編集-80- 動と不動

2017年10月07日 00時00分00秒 | #小説

 たとえば水だが、固まって不動の状態になったものが氷(こおり)と呼ばれている。水からは見えず、あるいは分からない状態が、氷からは見えたり分かったリする。逆に固まった氷からは見えず、あるいは分からない状態が、水からは見えたり分かったりする。動と不動の相(あい)反する関係だが、人の行動でも同じことが言える。
 動いている人は考えていることを実行に移しているから、そのことやその後の動きを短絡(たんらく)的に考えているだけである。だから当然、冷静さを損(そこ)なってウッカリしたミスも犯す。ただ、ミスはあるものの、行動した成果は現実に齎(もたら)される。買ってきた美味(おい)しい餅は食べられる・・ということに他ならない。逆に動かない人は考えていることを実行に移していないから、そのことやその後の動きを緻密(ちみつ)に考えている。だから、必然的にウッカリしたミスが起こるはずもない。ただ、ミスはないが、買おうと思い描いた美味しい餅は動いて買っていないのだから食べられない・・ということに他ならない。━ 絵に描(か)いた餅は食えぬ ━ とは、格言めいてよく使われるが、まさにそれだ。
 会社の事務室である。妻に頼まれた夕飯用の魚を、枯井(かれい)は営業に出る平目(ひらめ)に頼んでおいた。その平目が夕方前、事務所へ戻(もど)ってきた。
「平目(ひらめ)さん! 買っといてくれました? 魚」
「それがですね…。魚の名を訊(き)いてなかったもんで、店頭の魚を見ながらじぃ~~っと動けなかったんですよ」
「そんなことは、訊いてませんっ! 買ってくれたんですかっ!?」
「ですから、名が分からなかったもんで、動けなかったんです」
「動けなかったって、買わなかったってことでしょ!?」
「ええ、まあ…」
「それは動けなかったんじゃなく、動かなかったんだっ!」
「そうなりますか…。どうも、すいません」
 平目は枯井に深々と頭を下げた。
 これは、飽(あ)くまでも一例だが、手ぶらで帰らず、動いて適当に見繕(みつくろ)って買って帰れば、それでOKだったのかも知れない。結論としては、ミスをしたくなければ動かない・・となるが、それでは物事が少しも先へと進まないっ! と言われれば、それも道理だから、動と不動を上手(うま)く使い分けて生きていくことが世渡り上手(じょうず)ということになるのかも知れない。

                              


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隠れたユーモア短編集-79- 雨祭り

2017年10月06日 00時00分00秒 | #小説

 なんだかんだ言っても、やはり祭りに晴天は欠かせない。もちろん、多少は曇(くも)っていても、それはそれでいい訳だが、雨祭りだけは頂(いただ)けない。第一、神様がお乗りになられるお神輿(みこし)が雨に濡れて痛むから出せなくなる。そこが人の運転している自動車とは違う。途中で降ってくるようなことも時折りある。そんな場合は、合羽(かっぱ)をお神輿に被(かぶ)せ、事なきを得るというのが一般的な処(しょ)し方だが、まあ、そんな危(あや)うい日は出されず、榊(さかき)での渡御(とぎょ)・・としたものだ。榊は祭礼用に切られた根がない大枝の榊が使われるから当然、その場凌(しの)ぎの一時的なものである。よくよく考えれば、神様は輿(こし)の中に在(あ)らせられる訳だから、直接、雨にお濡れになることはない。要は、神輿が痛むと修理代がかかるとか、神輿を担(かつ)いで濡れると風邪を引くから・・といった現実的な人々の都合な訳だ。神様は雨が降ろうと日照りの日だろうと、出現なされるだろう。そこが隠れた神様の神様たる所以(ゆえん)で、人とは違うんだ…とウツラウツラと眠気(ねむけ)に苛(さいな)まれながら、瓔珞(ようらく)は考えていた。これ以上の運転は無理だ…と、瓔珞は車を野原へ入れるとエンジンを切った。その途端、瓔珞の意識は遠退(とおの)いていった。
 気づくと、明け方になっていた。昨日(きのう)の雨が嘘(うそ)のように、白々と東の空が明るみを増していた。その日は祭りの当日だった。瓔珞は慌(あわわ)てて車を始動すると、家路を急いだ。

                              


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隠れたユーモア短編集-78- セルフ温泉

2017年10月05日 00時00分00秒 | #小説

 茸小路(たけのこうじ)は温泉へ出かけた。といっても、それは気分だけの家庭温泉である。平たく言えば、ただの家庭風呂だ。ぶっちゃけたところ、茸小路は心積(こころづ)もりしていた温泉へ出かけたかった・・のである。ところが、これも心積もりしていた年金が想いの外(ほか)少なかった。これでは…と茸小路は家庭温泉へ切り変えざるを得なくなったのだ。
「お湯は沸(わ)いております。…お食事はいつ頃?」
「そうだね…小一時間ほどして。こちらから言うよ」
「左様(さよ)でございますか。では…」
 茸小路はこの会話の遣(や)り取りを、まるで落語家のように仲居と客の一人二役で語るのである。語っている当の茸小路自身、どこか変人めいているように思いながらコトを進めていった。コトとは着替えを出し、食事の準備である。むろん、誰もいないからセルフ[一人(ひとり)]となる。俺は電化製品の霊気に助けられている。この霊気なしでは、とても生活は…と思いながら茸小路はコトをセルフに進めていった。
 数十分して、いくつかの料理がそれなりの風味に調理され、キッチンテーブルへと並べられた。
「ごゆっくり…」
「ああ、どうも…」
 茸小路は一人で語って一人で食べ、食べ終えたあと洗い片づけると風呂の浴槽(よくそう)へと身を沈めた。完璧(かんぺき)なセルフ温泉だ…と思いながら、浴槽に浸(つ)かる茸小路は心地いい湯で顔をジャバッとやった。セルフ温泉は気遣(きづか)いの要(い)らない気楽な温泉なのである。

                              


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隠れたユーモア短編集-77- 地道な作業

2017年10月04日 00時00分00秒 | #小説

 僅(わず)か数ミリの誤差が生じたため、芒野(すすきの)は施工依頼先からの苦情を処理しなければならなくなった。7ミリの誤差とはいえ、やり直すとなると基礎工事に戻(もど)らねばならず、大損が予想された。なにも芒野の懐(ふところ)具合が悪くなる訳ではなかったが、会社に損失を与えたとなれば、これはもう責任な過失問題であり、うっかりミスでは許されない大失敗だった。当然、上役の評価は下がる上に、出世にも影響することは必定だった。そこで芒野が取った方法は依頼先への地道な日参だった。四人の子供を抱(かか)える六人家族の芒野にとっては、単純な失敗では許されない家族の将来がかかった一大事だったのである。
「そこを、なんとか…」
「いや! 家(うち)としてはねっ。やり直してもらう以外、妥協はできませんよっ! 20年ローンで買った大事な家なんですからなっ! 7ミリもある傾きを見逃すっていうのは…」
「はあ…」
「もし、これがあんたの家なら、あんた、どうしますっ?!」
「はあ…それは、まあ…」
「困るでしょうがっ!!」
 こんな遣(や)り取りがひと月は続いた。雨の日も風の日も、芒野は木偶(でく)の坊と会社の同僚から思われながらも日参した。この地道な継続は、まるで芒野の作業のようでもあった。
 そして三月(みつき)が過ぎ、半年が去って一年が巡った。芒野は、やはり依頼先へ日夜、日参していた。
「ははは…参ったな、あんたには。もう、いいよ。まあ、廊下だけだからね。ボール転(ころ)がす手間(てま)が省(はぶ)けて家の子の遊びには、もってこいだしねっ!」
「ありがとうございます! 助かりますっ!」
「ああ、訴訟にはしないよっ! じゃあね…」
 依頼先の家から出た芒野は、これで会社への面目が立ったと思った。
「これで、よろしかったでしょうか?」
「ああ、どうも…」
 依頼先の家の奥から現れたのは、専務の月餅(つきもち)だった。月餅は芒野の繰り返して日参する地道な作業に感心し、助け舟を出したのだった。こういう隠れた正義の見方がいる世の中になってもらいたいものだが…。これ以上は語らないことにしよう。

                              


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隠れたユーモア短編集-76- 語ると述べると主張する

2017年10月03日 00時00分00秒 | #小説

 語ると述べると主張するという三つの見解の示し方には、口を開いた人の隠れた積極性の違いを垣間(かいま)見ることができる。討論会などでは当然、主張する・・と個人意思の積極性は高く、自分の正当と思う見解を明確に表明する訳だ。そこへいくと、述べる・・は、単に説明するとか一般的にそう思えるから、私もそう思うのだなどといった少し積極的な個人意思を引っ込めた正当性の見解表明となる。さらに語る・・ともなると、無責任に話す訳で、私はそう思うが、正当か正当でないかまでは責任が持てない・・などといった完璧(かんぺき)な部外者的発言となり、語ってるな…と人を思わせる程度のいい加減な話し方となる。要するに、この三つの見解の示し方には根本的な個人主張の強度の差を見て取ることが出来るのだ。そこへ、声の強さや訴え方の手振り身振りなどの内容の盛り上げ方も加味されるから、この三つは、さらに何段階にも別けられる。
 とある討論会である。司会者を挟(はさ)んで数人の論客が主張し合っている。
「ですからっ! そのお考え自体が間違っておられると言わざるを得ないっ! その辺(あた)りが私達の考えておる方針とは抜本的に異(こと)なる訳ですっ!」
 一人の論客は、片手の拳(こぶし)を硬(かた)く握り締めながら動かす身振りで強く主張した。
「話にならないっ!」
 反論された方の論客は、ひとこと、声を大きくして、その言(げん)を打ち消した。
「勝手な発言は控(ひか)えてください。私が言いますから…」
 司会者がそこへ美味(うま)そうなお茶を淹(い)れたように語り、ひとまず、場(ば)は和(なご)んだ。
 主張すると激甚(げきじん)災害のように荒れ、述べると晴れたり曇ったり程度の普通の天候となり、語ると和むように晴れる訳である。

                              


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